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「 」 is not here.
「おーい、長介ー!」
「んー?」
高槻長介くんは、私と同じ学校の同じクラス、となりの席で一緒に勉強している男の子です。
お姉さんがアイドルをしてるらしくて、テレビでもよく見かけます。 はずかしいのか、他の男子にそのことをからかわれておこってることが多くて少しこわいけど、家族のことが大切なんだって私は思ってます。
またケンカになるかもって思ったけれど、でも今日の長介くんは少し違う感じがしました。
「昨日お前のねーちゃん、またテレビに出てたぞ!」「変なカツラつけて走って、負けてたじゃんかよ!」
「お前ら……あー、えっと」
「あ、あのっ、長介くん、気にしない方がいいよ……」
「うん? ああ、大丈夫だから……なあお前ら、そんなに姉ちゃんばっか見てるってことは、実はファンなんだろ?」
「はあ!? ば、ばかじゃねーの!?」「そんなわけねえじゃん! テレビで変なことしてるのはずいって言ってんだよ!」
いつもとは逆に長介くんにからかわれて、ビックリした男子たちは顔をまっかにして自分の席に帰りました。
「これからも応援よろしくなー!」って声をかけたら、そこで休み時間が終わるチャイムがなって先生が入ってきて、みんなしずかになりました。
先生にバレないくらいの声で、今度は私に「な? 大丈夫だっただろ?」って話しかけてくれたから、私も小さく「うん、大丈夫だったね」って言いました。
本当はいつもとちがう長介くんに何かあったのか聞きたかったけれど、めいわくかもしれないから聞けませんでした。
でも、気になるなあ……
◇
何があったのかわからないままだけど、やっぱり長介くんは少し変わりました。
お姉さんのことを話されるのが平気になったみたい。
だから、今まではおこらせちゃうからって話しかけられなかった、長介くんのお姉さん……高槻やよいさんのファンだった子たちもいっぱい長介くんとおしゃべりするようになりました。
私はアイドルってよくわからないけど、それでもテレビで見たときには見たよって言うと嬉しそうにしてくれて、少しお姉さんや家族のことを話してくれます。
それに、今までは私から長介くんに話しかけるだけだったけど、勉強で分からないところがあるとき私に聞くようになったり、掃除でつくえを運ぶのが大変なときに手伝ってくれたり……
まじめで、やさしい感じ……「かっこ良くなった」ってクラスの女の子たちは言ってました。
わ、私は今までもかっこ悪いとは思ってなかったけど、でもみんなには「そうだね」って言ってしまいました。 ごめんなさい、長介くん。
みんなと楽しくおしゃべりしたり、ほかにもいろんなところが変わったけど、学校が終わったらすぐに帰っちゃうようになったのも変わったところかもしれません。
それだけじゃなくて、学校をよく休むようにもなりました。
「風邪をひいた」とか「家庭の事情」で休みらしいです。 お家で何かあったのかな……
◇
「今日も高槻は風邪で休みなんだよな……誰かー、高槻にこのプリント届けてくれないか?」
先生が今日の宿題のプリントをひらひらさせながらそう言うと、クラスの半分くらいの子たちが「行きたーい!」と手をあげました。
「お、おお?」って顔でびっくりする先生。 ふつうなら休んだ人の家にプリントをとどけるのはみんながいやがるおしごとなので、びっくりするのは当たり前なんだけど……それだけ長介くんのお姉さんが人気者ってことなんだと思います。
……お姉さんが人気なんだよね、たぶん。
「珍しいなお前ら。 でもいつもみたいに日直に頼むぞー、今日の日直誰だー?」
「あ……あの、私です!」
私でした。
声は出してなかったけど、実は手もあげてたから決まりみたいです。
「お、隣の席だし丁度良いじゃないか。 はいこれプリントな、道は分かるか? ご家族にあまり迷惑かけないように」
「はい、分かりました先生」
「いいなー!」「ずるいー!」
「静かに―! それじゃ今日もお疲れ様でした、さようなら!」
「「「せんせいさようなら!」」」
さようならのあいさつが終わったらすぐに教室から出ました。 あんなに見られたの、発表のときだけかも……こわかったあ。
早くプリントわたしに行かないと……おみまいだし、何か持って行った方がいいのかな? りんごとか、プリン、とか?
一回家に帰ってお母さんに聞いてみよう。
◇
「風邪のクラスメイトの子の家にプリント届けに行くんだよ」って言ったら、「これ持って行きなさい」ってお母さんがみかんを持たせてくれました。
だから袋いっぱいのみかんとプリントを持って長介くんのお家の前に立ってます……き、きんちょう、します。
学校以外で長介くんを見るのも初めてだし、みんなが会いたかったお姉さんもいるかもしれないし……
プリントとどけに来ただけだから、それだけだから!って小さく言いながらインターホンを……インターホン、無い、けど……ドア開けちゃっていいのかな?
「あ、あの……ごめんください、こんにちはー……」ガラガラ……
「はーい、今いきまーす! こーら! お客さん来たから離して!」
ドアを開けると奥の方から女の人が返事をしてくれました。 た、高槻やよいさんかな。
テレビで見たことある人を見るのも初めて……へ、変なこと言わないようにしないと……
気をつけよう、と頑張って思ってたのに、私を迎えてくれた人を見たら頭が真っ白になりました。
「お待たせー、あら? どちら様かしら、長介のお友達?」
「え、あの、その……ここ、高槻さんのお家ですか? 私、長介くんの、く、クラスメイトで……」
「やっぱりね! って、ああ、私はやよいの友達で」
「水瀬伊織さん、ですよね。 アイドルの」
そうです、長介くんのお家にいたのは高槻やよいさんじゃなくて、確か同じアイドル事務所のアイドルで、『竜宮小町』のリーダーの水瀬伊織さんでした。
アイドルに詳しくない私でもよく知ってるくらい有名人……お人形さんみたいにかわいくて、テレビで見るよりもずっと綺麗で、なんだか夢の中にいるみたいで……
「あら、私のファン? これからも伊織ちゃんの応援よろしくね! それで今日は長介に用なの?」
あっちから話し出してくれるまでボーっと見続けちゃった、恥ずかしい。
「あの、学校で配られたプリントを届けに来ました。 あとこれ、おみまいです」
「お見舞い?」
「風邪だって言ってたから、みかんを」
「ふぅん、あの子風邪だったのね知らなかったわー……長介ぇ!」
家が揺れるくらい大きなこえ……ビックリした……
私と同じくらいびっくりしたのか、居間からバタバタ音がして、あわてた長介くんも玄関まですぐに出てきました。
「ど、どうしたの伊織さん!? って、あれ、なんか用か?」
「なんか用か? じゃないわよ! アンタが風邪ひいたなんてウソつくから心配して来てくれたんじゃないの!」
「それはその、姉ちゃんの代わりに家のことするためとか、言えないし……」
「あ、あの……」
「いっつも言ってるでしょ、ウソつくとかカッコ悪いことしないの! それに」
「……女の子には優しく、でしょ。 分かってるって」
「分かってるならお礼して謝りなさいよ、ほら早く」
………この人だったんだ。
かわいくて、まじめで、やさしくて、かっこいいこの人が、長介くんが変わった理由。
きっと長介くんは『伊織さん』みたいになりたいんだって、ふたりを見て、分かりました。
なんだか、少し……
「あのさ」
「は、はい!?」
「その、心配してくれてありがとな……あと、ごめん」
「そんな、長介くんは悪くないよ。 元気でよかった!」
笑って、プリントとみかんを渡して「また学校でね」って言って、すぐに帰ろうって思いました。
ここにいるだけで迷惑になるって……ここにいたくないなって、思ったんですけど……
帰ろうとした私を呼び止めて、『伊織さん』はまた長介くんに言いました。
「長介、ちゃんと送ってあげなさいよね」
「え……? はあ、分かったよ」
「あ、あの、ひとりで帰れますから……」
「いいのいいの! カワイイ女の子を守るのが男の仕事なんだから! それとこれからも長介がカッコ悪いことしたらすぐに伊織ちゃんに教えてね、分かった?」
「ちょっと、伊織さん!?」
「あの!」
◇
「長介くん、学校でいつも、その、かっこいいです……!」
◇
「……ごめんなさい」
「なんだよ急に?」
けっきょく、長介くんに送ってもらうことになった帰り道で、私は長介くんにあやまっていました。
私が来なければ『伊織さん』にしかられなかったんだから、きっとおこってるだろうと思って……
「それ、悪いのオレだから気にすんなよ。 それよりさっき、カッコ良いって言ってくれただろ?」
「……うん」
「ウソでも助かったし、うれしかった。 ありがとな」
「そんな、うそじゃないよ……やさしいし、まじめだし、かっこいいと思うよ……なんだか『伊織さん』みたいだって今日、思ったよ」
「……そっか。 まあ、プライドだよ、プライド」
そう言ってそっぽ向いた長介くんがすごくうれしそうで、それがすごく苦しくて。
◇
「私も長介くんみたいになりたいな……」
「私が『伊織さん』みたいになれたら……私のことも見てくれますか?」
◇
「どうした?」
「……ううん、なんでもないよ」
何もない私がそんなことを言うことは、まちがってるって思ったから……
言いたかったことが声にはぜんぜんならなくて、ただ、泣かないように笑って、一緒に歩くしかできませんでした。
◇◇◇
「L.M.B.G……?」
「リーダーを決めるんですのね。 念のため確認ですけれど、誰か、立候補はいまして?」
ハイファイデイズ……『昨日の涙は、今日の勇気』……
「リーダーってなにするですか?」
「あー、分かったー! 前にならえするとき、一番前に立つ人だー!」
「前にー、ならえっ!うふふふっ!」
「お話が横道にそれてましてよ……」
「あの……」
「千枝……やってみたいですっ!」
(佐々木千枝:いつか、ダイヤモンドのように/最初のStep!)
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