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 ロックンロールってなんだ。
 
 ある者は答える。音楽のジャンルだ、と。
 またある者は答える。個々人が胸に秘めた世界観のことである、と。
 別の者が答える。生き様だ、と。
 
 そして、多田李衣菜は答える。
 なんだかよくわからないけどとにかくカッコいいものだ、と。
   ***
 小学校の、それも低学年の頃ならいざ知らず。
 高校生ともなれば、音楽の授業で一生懸命に歌うのがどうにも恥ずかしい行為だという空気ができあがってしまう。小声でぼそぼそと、あるいは口だけをそれとなくぱくぱくさせて乗り切ろうとして、マジメにやりなさいとクラス全体が先生に怒られるまでがお決まりのパターンだ。全国津々浦々、今も昔も変わらずに繰り返される伝統の光景。
 そんなシーンが、嫌いだった。
 別に彼女が正義感に溢れる優等生だからというわけではない。英語や数学の授業中に「じゃあこの問題、わかる人?」の呼びかけに誰も答えないという状況には、別に何も思わないのに(いい気分がするわけでもないが)、音楽の授業だけは別なのだ。
 あえていうなら、歌が、音楽が好きだからだろう。
 とはいえ、だ。「神聖な音楽を汚すとは何事だ」とクラスメイトにキレるほど、彼女は狭量ではなかった。多くの学生諸子と同じように、目立たないように小声で歌う。だから、同罪といえば同罪だ。そもそも大声で歌いたいなら、友達と連れ立ってカラオケに行く。その方が楽しいし、好きな歌を歌うことができる。
 
 きっかけは無数にあって、この音楽の授業の空気に感じていたもやもやとした閉塞も、結局はその一つにすぎない。
 お気に入りのヘッドフォンでお気に入りのロック・サウンドを聴きながら、自分の部屋で、多田李衣菜は履歴書に向き合った。
 
   ○『THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS』二次創作SS
    「オーバーヒート・イグニッション」
 右手で二度回してから、ペン尻で頭をかく。考え事をするときのクセで、深い意味はない。
 
 自己分析によるならば。
 そして、それは近しい友人たちの評価に酷似する結果でもあるが。
 多田李衣菜は、熱しやすく冷めやすい性格の持ち主だ。
 趣味と呼べるほどまでにのめり込むことはほとんどないが、割といろいろなジャンルに興味が湧くタイプ。そして、飽きるのも早いタイプ。だから厳密には、熱し「にくい」が温まりやすく、そして冷めやすい――そんな感じで表現するべきかもしれない。
 
 そんな李衣菜にも、珍しく持続している興味がある。唯一の趣味だと胸を張れるのが、音楽鑑賞だ。
 決して堅苦しい、格式ばったものではなく、なんとなくの領域。好みのジャンルは雑食で、なんでも聴く。
 無理矢理一つに絞るなら、ロックという響きのもつカッコよさには憧れがある。
 うまく表現できないが、雷に打たれるような荒々しくも鋭い感覚が全身を走り抜けていくのがたまらない。
 それを、これまた「なんとなく」でヘッドフォンに流す。正直なところ、誰が歌っているとかなんていうタイトルの曲だとか、その辺りには興味がない。でも、好きなものは好きなのだ。
 履歴書にある趣味の欄に、その漢字四文字を書き込むことに抵抗はなかった。他に趣味と呼べるようなものがないこともある。カラオケと迷ったけど、こっちの方が自分らしい。
 ロックなミュージシャンになりたい。なんとなく、そう思った。
 本当になんとなく買った芸能雑誌の、芸能プロダクションの募集要項がなんとなく目について、なんとなく応募してみようと思った。きっかけから動機に至るまで全てが「なんとなく」ずくめで、それでも、意外とやる気はあった。冷めやすい自分にしては珍しい。
 
 あえていうなら、変わらずに繰り返されるステレオタイプな日常への焦燥だ。
 
 化学や物理――というか理科のレベルの授業で、物質が燃焼するための三つの条件を習った。
 可燃物。酸素。温度。
 ロウソクがあり、十分な酸素があって、そこに火をつけたマッチを近づければ、無事にロウソクは燃焼する。
 心も、同じだ。
 李衣菜の胸の中には可燃性のハートが隠れていて、ロックへの興味という名前の酸素も満ちている。熱源さえあれば、いつでもまっすぐな炎が燃え上がる状態。
 ミュージシャンとしての一歩を踏み出すべく、マッチをこすった。
 
 ロックンローラー・多田李衣菜。
 どうも。自分、ロックなんで。
 
「よーしっ」
 
 ――いいじゃないか。なんともカッコいい無敵感。
 ガマンできずに一人、ニヤけてしまう。だらしのない笑顔は、見る人が見れば、ロックとはかけ離れたかわいらしいものであったが。
 
   ***
 
 程なくして、履歴書の空欄は埋まった。
 きっかけは「なんとなく」でも、熱量はホンモノ。
 無限のあこがれの先にある光。自分のホントの居場所が見つかった気がして、李衣菜は履歴書を突っ込んだ封筒を右手に、部屋を飛び出した。
 
 渾身の想いを込めて投函した履歴書が、熱望する「アーティスト部門」ではなく「アイドル部門」に回される運命にあることを、多田李衣菜はまだ知らない。
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