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「 」 is not here.
「あのね。わたし養成所やめることにしたんだ」
おんなじセリフ。もう何回目になるんだろう。こんなふうに告げられるの。
「このまえのオーディションがラストチャンスだったっていうか。ママは続けたらって言ってくれるんだけど、これ受からなかったらあきらめるって決めてたの」
そう。だいたいおんなじセリフ。だいたいおんなじ理由。なんにも言えなかった。引き止められるはず、なかった。だって未来のわたしもおんなじかもしれないんだから。
「……ごめんね。絶対アイドルなろうって約束したのに。ふたりでユニット組んで、フェス、出たかったよね。でも、もう限界で。ちゃんと勉強しないと、大学、入れないから」
そうだよね。もう高校二年生になるんだもんね。夢、あきらめる季節、なんだよね。それはわかってる、つもり、だけど……。なんにも言えなくって、ぬるくなった紅茶に口をつけた。 始業式の帰りで賑わうファミレス、とっても元気いっぱいなこえ、うわんうわん響いてる。ゆめ、未来を謳うこえに不安なんてなくって。ううん。見ないようにしてるだけで、そのうちきっと気づくんだよね。突きつけられるんだよね。おまえの夢は叶わないんだって、ね。
「……卯月。ひとりぼっちにして、ごめん」
そう。まったくおんなじセリフ。ぼろぼろな笑顔で言うんだよね。なぐさめてほしいとか、まして同情されたいとかそういうきもちまったくなくって、ただのさよならにすぎなくって。そのまま席を立って過ぎ去ってく後ろ姿に、そう、おんなじセリフ、繰り返すんだ。
「わたし、絶対アイドルになってみせるから!」
何度だって言い続けてきたんだ。たとえ最後のひとりになったって変わらないよ。
「――わたし、頑張るよ。ずっと頑張るから!」
卯月らしいね。ってぽつりもらす笑顔は、やっぱりかなしそうだった。でも、それでもね、繰り返すの。おもいっきり笑って言うんだ。頑張りますって、はっきり言ってやるんだ。
ちいさく深呼吸して、ゆっくり椅子に座りなおす。からっぽのソファー、ぼんやり見やる。おんなじ夢を追いかけたともだちは、みんなみんなやめちゃった。おんなじ理由で、おんなじふうに見送って、おんなじ世界、ぐるぐるぐるぐる回ってる錯覚だって慣れちゃって、ね。
またぬるくなった紅茶くちにふくみながら、ひとりぼっちになっちゃったんだなあ、なんてあらためて思ったりして、やっぱりさみしいな、かなしいなってしんみりしちゃうんだけど、アイドルになるって約束したんだから、いちいちへこんだりしてるひまなんかないんだよね。くちびるのはしっこ引っ張って、元気いっぱいなスマイル。ちゃんと笑えてるかな?
あ、今日はレッスン、おやすみで……。そのままおうちに帰る。ママとおしゃべりしながら三時のおやつ食べて、お部屋で着替えてなんとなくつくえのまえに座る。さくらいろの便せん取り出して、ボールペン、くるくるくるくる。あの子の名前、なんだっけ。どうして思い出せないのかな。まあでもいつもどおり書くんだからいいんだよね。『 』ちゃん。この手紙が届くころには、わたしは夢を叶えています。ユニット組もうね、テレビいっしょに出ようね、ふたりで話す時間、とてもたのしかったんです。そんなたいせつな思い出を忘れないために、さよならのたびに書いてたりするんだ。もしかしたら忘れちゃってるかもしれないけれどね、絶対アイドルになるから、もっともっと頑張るねって約束、覚えてくれてるかな?
いつかの記憶、こころのすみっこから引っ張り出して、ひとつひとつ大事に書いてく。そらいろの封筒に入れて、かわいいねこのシール貼ってできあがり。かぎのかかってる引き出しに仕舞った。あて先の書いてないお手紙、ずいぶんたくさんたまったなあ。そうだよね、だってやめてった同期のみんなのぶん、ぜんぶなんだもんね。これ以上は書くこともないんだよね。もうわたし以外だあれもいないんだから。ちょっぴりかなしくなってきて閉じようとしたら、名前のないあて先ばかりなはずなのに、『島村卯月ちゃん』って書いてある封筒を見つけた。
「ずっと遺書を書いてきたんですよね」
そのこえを発したのはまぎれもなくわたしで、ううん、そんなはずなくって、おそるおそる取り出してみる。やっぱりちゃんと自分の字で書いてあるものが一通だけひっそりと仕舞ってあった。おそるおそる封を切ってみる。がんばるよ、ってひとこと添えてあるだけだった。
「うん。あの日のわたしは、そう思ってたのかもしれない、ね」
都合の悪いことだけどたいせつなこと。すぐに忘れちゃう。相変わらず頼りないなあって、こつんと軽く頭を叩いてやった。ばかばか。ほんっとおばかさんなんだから。ぶつぶつひとりごと。あーあ、なにやってるんだろ。ばったりベッドに倒れこんで死んだふりしてみる。
そう、たぶんね、ほんの出来心で。とってもなかよしだった同期の子やめちゃったときね、どうせアイドルなんてなれっこなかったんだよ、ってかなしそうに笑うから、そういうふうに夢からさめなくちゃだめなんだよねって覚悟したフリして、やけくそで書いたんだった。まああきらめられるはずなくって、でもわたし、なんにもないから、がんばります、だって。そのくらいしか言えなかったんだよね。あんまり、ううん、ぜんぜん変わってないなあ。こころの時計は止まったままで、ちょっぴり進みすぎた針を戻してあげたらまた夢見る女の子で!
ぱっと立ち上がって、また制服に着替えてリビングに降りてく。どうしたのって聞いてくるママに「レッスン行ってきます!」ってとびっきりの笑顔で答えちゃった。すぐ出かけようとして、あ、そうだ、ってふと思い立って、今まで書いてたお手紙ぜんぶかばんに放りこんで、ようやくいってきます。なみだでくすんでた世界は、カラフルに色づいていた。
ばたばたいそがしそうなひとたちでごった返す駅から、だいたい十分くらいのところにある養成所までるんるん気分で歩く。いつもみんなでバイバイしてた公園のまえできょろきょろ。自動販売機そばのゴミ箱に、お手紙ぜんぶ投げ捨てた。アイドルになったわたしのうわさ――うた、ステージを、風のうわさで伝えられたらじゅうぶんで。よくよく考えてみたらスマホに登録してるみんなには話しかけくいよね。なんとなく、だけど。繋がらないじゃないかな。
光の粒子できらめく公園を横切りながら、ちょっとかけてみようかなって『 』ちゃんの連絡先を開いて、ちがうよね、ってそっと閉じた。アイドルになってからね、っていうかね、やっぱり出てくれない、よね。まあダメ元で、番号タップしてみた。ハローハロー?
「……きれいなさくらだね」
そのうっすら透きとおったこえは、スマホからじゃなくて目のまえから聞こえた。帰り道、みんなでバイバイしてた分かれ道、きらきらひかるさくらのはなびらでかすむはるかかなた、女の子、笑ってた。すてきな笑顔で、はにかんでた。いつものくせで、おんなじように笑う。
「そう、ですね」
「アイドル。頑張ってね」
そう言いながら指でVサイン作ってほほえんだ瞬間に、みずいろの風にさらわれて消えてしまった。さよなら、なんだよね。うん。さよならしなくちゃいけないんだよね。つまんないことでいちいち凹んで落ちこんじゃう、弱いわたしとさよならしなくちゃだめなんだよ。
同期の子なんてとっくにいなくって、それでも言いわけのような、そう、逃げたくってね、お手紙を書いてたのかもしれない。たのしかったことばかり書いてたのだって、結局は自分を肯定したかっただけで、なぐさめたかっただけなんだよ。そうやって時計の針を止めてたの。
でもそんな臆病なわたしの記憶は捨てて来ちゃったから、もう何度目か忘れてしまいそうなくらいめぐりめぐる春の、いつかのまぼろしが励ましてくれたのかもしれないね。ふがいなくって、かっこわるいかもしれないけれど、まあそういうのは、わたしらしいかな。だけどもう最後だって決めたから、灰被りのままだってかまわないから――シンデレラになりたいな。
「……頑張るよ」
どんなにつらくても、それでも言わなくっちゃだめなんだ。
「絶対アイドルになってみせるよ!」
あの子の笑ってた、さくらきらきら舞う道を、スキップで駆け出す。未来で、あんなふうに笑っていられるのかな。まだはじまってもいなくってなんにもないけれど、ううん、からっぽなんてうそで、こころは夢と希望であふれてるから。まだわたしは頑張っていける。どこまで行けるかわからないけれど、たどりつくさきの未来は満員のステージだって信じてる。
そうやっていつまでも世界は続いてく。
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