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「 」 is not here.
ぱきぱきぽきり。
ぽきぽきぱきり。
まわりからはうるさい音がたくさんたくさん聞こえてくる。わたしがせっかくいっしょうけんめいれん習しているのに、うるさくって、ぜんぜんしゅう中できない。うるさいうるさいうるさいったら!
ばきっ。
うるさくて、ぎゅっと目をつぶったら、すごい大きな音。なんだろうと思う前に、すわってたいすがきゅうにぐらりとして、ゆかにころんでしまった。
わたしは、もしかしていすのあしがおれちゃったのかもしれないな、と思った。目を開けたら、ゆかにはぽきぽきおれたえんぴつとかマジックとかボールペンとかがちらばっている。思ったとおり、あしがぽっきりおれたいすも。わたしはとてもいやな気もちがして、にぎりしめていたさきわれスプーンを見てみたけど、それはれん習する前と同じで、まっすぐのままだった。
わたしは、エスパーなんだよ。
わたしがそう言うと、みんなわたしをいやな笑いがおで見るか、かなしそうなかおをするか――こわそうなかおで見る。パパやママみたいに。
でもだってわたしがエスパーなのは本当のはなしで、知ってる人は知ってること。
わたしがきゅう食のじかんに、だいすきなメロンが出てきて、でも食べおわっちゃったときに、いつもはいじわるしてくる、となりのせきのトモくんが、くだものはきらいだからってメロンをわけてくれたとき。
「やったあ!」
わたしはうれしくてうれしくて、スプーンをもったまま、ばんざいしたの。そしたら、もっていたスプーンがぐにゃって曲がっちゃったんだ。となりにいたトモくんも、わたしの声でわたしを見ていたお友だちも、先生も、みんなみんなわたしがスプーンを曲げたところを、見たんだよ。
トモくんもユウちゃんもミイちゃんも、わたしをエスパーだ! すごい! かっこいい! って言ってくれた。わたしはずっとクラスの中でふつうの子だったから、こんなにみんなにほめられたことなんてなかった。うれしかった。
だけど、スプーンが曲がってくれたのはそれきり。
となりのクラスに遊びに行って、スプーンを曲げようとしてみたけど、ぜんぜん曲がってくれなかった。だって、気がついたら曲がっちゃっていたんだから、わたしだって曲げかたを知らない。
となりのクラスのみんなからは、ほりはうそつきだ、って言われてしまった。わたしといっしょに行った、クラスの子も。
そんなことが何回かあって、わたしはクラスのみんなからもうそつきだと言われるようになってしまった。うそなんかついてないのに。すごくすごくかなしかった。
だから、うそつきじゃないって言えるように、わたしは学校から帰ってきたらすぐに自分のへやにもどってれん習することに決めた。ちゃんとスプーンを曲げられるようになったら、わたしはうそつきって言われなくなるにちがいない。そしたらきっとかなしくなくなる。
でも、いっしょうけんめい曲げようと思っても、えんぴつとか、いすのあしがぽきぽきおれちゃうだけで、一ばん曲がってほしいスプーンだけが曲がってくれない。またえんぴつとか、いすを買ってってママにおねがいしなきゃいけないんだけど、ママのかおを思い出すと、あんまり言いたくなくなった。でも、えんぴつがないと学校でべんきょうができないし。いすがこわれちゃったから立って宿だいもするのもいやだ。
「ママ、あのね、またえんぴつがね……」
「裕子、ママは買い物行かなきゃいけないから、また後でね」
わたしがゆうきを出して、へやから出てママに声をかけたら、ママはいそいそと外に出かけてしまった。買いものなんてたぶんうそだ。だっていつもおでかけのときに使ってるバッグがテーブルの上におきっぱなしなんだもん。
ママもパパもわたしがこわいみたいだ。なんでだろう。わたしがうそつきだと思ってるのかもしれない。クラスの子みたいに。かなしかったけど、わたしはどうしたらいいかわからない。わからないのが、すごいかなしい。ぎゅうっとずっともっていたスプーンをにぎってみたけど、やっぱり曲がってくれなかった。
おうちで一人になってさみしかったから、わたしは自分のへやに行かないで、そのままテレビをつけることにした。くるくるスプーンをいじりながら、ぴっとテレビのリモコンでスイッチを入れて、チャンネルをかえていく。このじかん、わたしが好きなアニメがなにかやってるかな。ぴっぴっぴとボタンをおしていくと、画面がどんどんかわっていく。
そして――
――テレビの画面いっぱいに、女の子のえがおが、うつったんだ。
ちょうどうたをおどりながらうたっていたところで、かおは、どこかで見たことがある気がする、でも名前までは知らないアイドルだった。
大きな画面でじっと見てみたのははじめてだけど、アイドルってなんだかすごい。
だって、えがおを見ているだけでむねがどきどきして、わくわくして、元気が出てくる気がするんだもん。
曲がおわって、わたしはほう、っていきをはいた。すてきなえがおがずっとずっとあたまの中からはなれなくて、むねもどきどきが止まらないから、手でむねをおさえたら、なんだかかたいものがむねに当たっていたい。なんだろう。
「――えっ」
手を広げてのぞいてみたら、テレビを見ているあいだ、ずっともってたスプーンが、くにゃりと曲がってわたしの手のひらにのっていた。れん習をはじめてから、はじめて。
いつ?
どうやってだろう?
さっきとは、ちょっとだけちがうどきどき。
アニメばんぐみをさがしていたときは、まだまっすぐのままだったと思う。それで、チャンネルをかえてたら、アイドルがわらっているのが見えて――。
もしかしたら。
そういえばはじめてスプーンが曲がったときもメロンをもらえてうれしかったからだった。今もどきどき、わくわくしていたら、いつの間にかスプーンは曲がってた。だから。
「……そうだ! きっとそうなんだ!」
えがおじゃなきゃいけないんだ! 楽しくないとだめなんだ!
かなしいままじゃきっとぜったいだめなんだ。
ぱあっと気もちが明るくなった。だってちょうのう力はみんなえがおになってもらうためにれん習してるのに、わたしがかなしいなんてぜったいおかしい。なんでこんなかんたんなことがわからなかったんだろう?
わたしはたのしい気分のまま、さっきのうたをまねしながら、ぐにゃっと曲がったスプーンをつつく。
「アイドルって、ほんと、すごいなあ」
わたしのちょうのう力は、クラスの子はほめてくれたしわらってくれたけど、となりのクラスはだめだったのに。アイドルは、とおいわたしのことだってえがおにできる。
「アイドル、いいなあ」
わたしも、できるならもっともっとたくさんの人にえがおになってもらいたい。となりのクラスの子も、パパもママも、会ったことがない人も、みんなみんなだ。
「……わたしもアイドルに、なりたいなあ」
だから、ぽろっと出ちゃったひとりごとは、今までのどんな考えよりも、よい思いつきだと思ったんだ。
◇ ◇ ◇
「うー、緊張してきたあ……」
ここは芸能プロダクションの入り口前で、今日はオーディションの当日で、書類審査を危なげなくパスした私は、あともう少しでアイドルの卵になれる。はず。
受付で名前を伝えるときに、ちょっと噛んでしまった。自分が思ってるよりずっと緊張しているみたい。案内された場所へ歩いていくと、一緒に審査を受ける子たちが待合室にいて、やっぱりみんな可愛い子ばかりだから、ますます緊張してきてしまう。
「落ち着けー、落ち着くのよエスパーユッコ。ちゃんと予知夢を視たじゃない」
そう、あの日の私が夢見たアイドル。実際にオーディションを受けるまでには、ずいぶん時間がかかってしまった。怖じ気ついていた訳じゃない。ほんとにほんと。
超能力の訓練、笑顔、普段からいつも明るくもっと明るく。
そんな日々の特訓にいそしみながら、ずっと予感がするまで待っていたのだった。
そしてつい先日、私がトップアイドルになる予知夢を視ることについに成功!
その日の朝、学校に行く前に履歴書を買って、電車に乗ってる間にオーディションを募集してるプロダクションを検索して、休み時間に履歴を書いて、顔写真を貼って、放課後に、唯一募集をしていたこのプロダクション宛に封筒を投函したのだった。ここまでは、夢の通りに順風満帆だ。
「でも、やっぱりちょっと……」
ちょっとだけ、不安だ。
またうまくスプーンが曲がらなかったらどうしよう。結局、あの日以来、ろくにスプーンが曲がった試しはなかったけれど、あれから周囲のものが壊れるようなことは起きなくなった。
抱えたバッグを開いて、ポケットの隅にいつも入れて持ち歩いている宝物を見る。私があの日、曲げたスプーン。見ているだけで、緊張や不安が消えて、代わりにやる気が満ち溢れてくるのが、自分でもよくわかる。
「よしっ、サイキックパワー充電完了!」
隣にしまっておいた、真っ直ぐで新品の先割れスプーンを取り出して、準備万端。あとは笑顔で明るく、楽しんで臨めばきっと大丈夫。
バッグを閉じたと同時に、スタッフの人に声をかけられる。ついに面接の番が回ってきた。
――さあ。今日から、サイキックアイドル、エスパーユッコの大活躍を始めよう!
「堀裕子! 十六歳です! オーディションに応募したキッカケは――」
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