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「 」 is not here.
小さい頃からずっと、色々な事をつまらないと感じていた。
別に勉強に困っていたとかそういう事も無いし、人付き合いが苦手だったって訳でも無い。
特別、苦難が多い人生を歩んできた訳じゃない。
だけど、喜べる事が多かったと言う訳でもない。もっと踏み込んだ関係の、例えば親友のような存在もできなかったし、家族と一緒にいて楽しかった思い出もそんなにはない。
そんな風に過ごして来たからなのか分からないけど、私はいつの間にか、色々な事を冷たく見るようになってしまった。
ただ、そういう風に感じている事を悟られるのは嫌で、自分の本音を隠しながら、生きていた。
高校に進学しても、それは変わらなかった。クラスの端の方で、他の人が話している内容をつまらないな、とかどうでもいいな、とか思いながら過ごす日々。
最初のうちは数人、男子も女子も話しかけてきてくれたのだけどあまり話題が合わなくて、いつの間にか疎遠になっていた。
でも、他人が楽しそうに話しているのをつまらないと感じてしまうのは申し訳無いし、こうした方が双方共にいざこざが起こらないと思っていた。
そんな風に、別に何もない、灰色の日々をずっと過ごしていた。
ルックスに特別気をかけていた訳でもなかったけど、人からは高い評価をされていたみたいで、よくある生徒主導のミスコンとかでお話が来る事もあった。
瞳が凄く綺麗で、みんなの羨望になっている事、纏っている雰囲気が凄いミステリアスで格好いいとか、
他色々と褒めてくれたけど、興味無かったし、辞退した。
他人から評価を聞くのは悪い気はしないのだけど、自分が「大人っぽい」とか「ミステリアス」とか呼ばれるのは何か違う気がした。
何が違うのか、はっきりと自分で分かっている訳でも無かったのだけれど。
そんな頃に、自分に影響を与えてくれた物があるとすれば、家にあった映画だと思う。
書棚でちょっと目についた映画をなんとなく……アクション、SF、ドキュメンタリーとか……
私みたいな年の子が見るのはちょっと不自然かも知れないけど、見てみれば案外楽しいもので、他に大した趣味も持っていなかったし、暇な時には良く映画を見るようになった。
日々何もすることが無さ過ぎると色々な事を考えてしまって、変に疲れてしまう事もあるから、時には娯楽でこういうのを見るのも悪くないのかな、と思っていた。
そういう日々を続けてた時、ある日に初めて恋愛映画を見た時、とても大きく衝撃を受けた。
複雑な環境の中、立場も何もかもが違う男女が、海岸沿いの場所で互いに出会い運命を感じ、立場上どうしても立ちはだかる様々な困難に戦い続け、最後には全てを乗り越え、情熱的なキスをしながら互いの愛をぶつけ合う、
そんな展開の映画だった。その映画の女の人が少し羨ましくて、こんな風に全力で愛をぶつけられるような関係って、どれほど素敵なのだろうか?
と考えたのと……それと、こちらにまで物凄い熱が伝わってくるような激しいキスが、なんだか不思議に……物凄く扇情的に感じられて、映画が終わった後、鏡を見たら随分自分の顔が真っ赤だったのを覚えている。
なんだか初心な所も自分にあるんだな、と自覚した瞬間でもあった。その日以降、「キス」が自分の中でとても特別な物だと感じるようになった。
憧れ……と言うか、ちょっとした神聖視と言うか……あまり上手く言い表せないけど。まぁこう思うようになってから、どうにも一人で恋愛映画を見ると必ずと言っていい程現れるキスシーンが恥ずかしくて、あまり見れなくなっちゃったのでもあるのだけど。
映画の趣味と言うのを話し合えるような友達は学校には居ないから、より一人の世界に篭りがちになって、
他人との関わりが段々と減っていった頃。学校で先生との二者面談をする事になった。
生徒一人一人が呼び出され、受験とか就職とか、そういう話をするらしい。あまり気は進まなかったけど、無視する訳にもいかないから、ちゃんと時間通りに面談に向かう。
別にテンプレート通りの質問をしてくるだけだから、こっちもそれっぽい事を答える。それだけで終わるはずだった。
「ところで速水さん。近頃、どうにも周りと打ち解けられてないみたいだけど。そういう相談が結構他の生徒からも来てるんだよね。」
……はい?
「僕の目から見ても、どうにも他人との関わりに壁を作ろうとしてるように感じられるよ。」
……そう言われても、困る。
「もっと、他の人と仲良くしなきゃ。」
……何故?
「そうしないと、この先上手くやっていけないよ? ……速水さん?」
怒っていた。
誰のせいでそうなっているの?
私が悪いの?
私は、ただ単純にそうした方が、みんなのためだと思ってそうしているのに。
今更になって、何故そうして「自分を変えろ」、なんて事を言われなきゃいけないの?
そんな風にして周りに合わせなきゃいけないの?
いつの間にか強い衝動にかられて、ただ、帰りますとだけ言い放って、荷物を掴んで外に出た。
悔しかった。
私の生き方は、社会では認められないと言う事実にイライラした。
大人になるって言うのは、そういう風に、色々な事を犠牲にしなきゃならないの?
もしそうなのだとしたら、私は、このまま子供でいたい。
学校を出た後、家にすぐ帰る気にもならなくて、近くの海岸沿いを歩いていた。泣いている訳では無かったけど、自分の色々な気持ちがミキサーにかけられたみたいにぐちゃぐちゃになっていた。
潮風を感じながら、今のどうしようもない気持ちをゆっくりと消化する。不意に、この場所はなんだか、初めて見たあの恋愛映画で、あの男女が出会った場所に似ているような気がするな、と思った。
馬鹿馬鹿しい考えだ……自分の思っている以上にかなり精神が参っているのかもしれない。
そのまま色々と考え事をした後、後ろから視線が注がれているのに気付いた。
気付いた事を悟られないように、ちらりとそちらを見ると、スーツ姿の男性がそこに立っていた。
ナンパか何かなのだろうか? もしそうなら、今の私なら目線だけで人を殺せそうな程にムカついた気分だし、完全に無視してやろうかな、それか、八つ当たりで酷く扱おうかな。とまで考えていた。
とりあえず、あちらが話しかけて来るまでは放っておこう……
……ただ、もしもの話だけど。もしも、彼があの映画みたいに、興味を十分に惹いてくれる、私の世界を変えてくれるような人なら?
この灰色の日々から、別の世界に連れ出してくれるような人ならば?
……まぁ、あり得ないだろう。どうせつまらない別の何かだ。きっと。きっとそうだ。
でも。本当に、万が一。私を連れ出してくれる人かも知れないと、少しでも感じたら……そんな運命的な出会いがあるならば、少しだけからかってやろう。
一筋縄じゃいかないわよ。
速水奏はこういうひねくれた内面を隠すのは得意なんだから。
彼が近付いて来る。やっぱり最初は酷く扱ってやろう。その程度で逃げるようじゃ、導く事なんて出来る訳が無いだろうし。
それに、どうせなら自分をもっと押し出してやろう。そんな風な事を考え、内心でほくそ笑みながら、話しかけてきた彼にゆっくりと振り向いた――
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