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 退院を迎えるその日、私はお世話になった看護師から言われた。
 
「加蓮ちゃん、今日で『卒業』だね」と。
 
 それはその看護師にとって特別な意味は持たなかったのかもしれない。けれど、『卒業』という言葉を聞いて、私の中のたくさんの感情が渦になって、大潮のように溢れ出した。
 
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
 
 後から聞いた話だと、私はそんなことを口走って倒れたらしい。気がつくとベッドの上。過呼吸で退院が1日延びてしまったのだ。
 
 サバイバーズギルティという言葉の意味は後で知った。くだらない言葉だと思った。けれどそれ以外にその時の私を言い表す言葉は見つからない。
 
 『卒業』を迎えられなかった友達。転院してその後も知れない友達。たくさんを見てきた。「優しいお姉ちゃんがいるんだ」と自慢していたあの子はどうしているだろう。今も……いや、もう……。
 私の回復が奇跡なら、あの人達はなんだったのだろう。平凡な死?それとも……答えは知り得ない。ただ、私に舞い降りた奇跡は、私の命は、そんなに大それたことなのかと、そればかりが疑問として残った。
 

 

 あれから何度も季節は巡った。私はもう、病院に通うことすら無い「普通」の女子高生になっていた。
 けれど、長い入院期間で失った日々は今でも尾を引いて、私を悩ませる。このまま、何者にもなれずにただ消費していく日々を私は奇跡の対価として払い続けるのだろうか。そう思うとうんざりした気持ちが晴れない。
 人が行き交う駅前を今日も歩く。キィンとした耳鳴りが響いた。「普通」のはずの空間が少し歪んだ。
 
 ――あ、ちょっとやばいかも――
 
 体から出る信号。
 秋にしては強い日差しの日だった。服装も、水筒も、対策はしていたつもりだけど、気がつくと駅前広場のベンチに腰掛けていた。
 少し休めば治るはず。
 そんな風に思いながらグルグルと回る視界を閉ざそうとした瞬間、駅ビルのオーロラビジョンには、綺羅びやかな女の子が踊っていた。
 
 ――あんな風に踊れるようになりたかった時もあったな……――
 
 思い出されたのは、テレビに映るアイドルを真似てベッドをステージに歌って踊る日々。病室のみんなで看護師さんに怒られたっけ……。
 なんでこんなことを思い出すんだろう。
 走馬灯? ……まあ、それでもいいのかも。私には、私にはもう、何も……
 

「お、おい!!大丈夫か?アンタ!!」
 

 大きな声が聞こえた。一言でお節介とわかる声だ。
 

「水飲む? 飲みかけだけど……。あーでもこの場合救急車が先なのかな? あーもう! とにかくまずひゃくじゅうきゅうばん―!!」
 
 あまりのテンパり具合に少し笑えた。口角を上げる力ももう、無いのに。
 若い声だった。こういうとき助けてくれるのは大概おばちゃんばかりなのに。白馬の王子様に期待するのは馬鹿げているけども、こんなのも少し悪くないと思った。
 
「ホントに大丈夫? 今、救急車来るから!」
 
 私は少しだけ力を振り絞ることにした。普段はそんなことしないけど、なんだかその人をこの目で見たくなった。この出会いが仮に「奇跡」なら、私はそれを見届けなければならない気がしたから。
 薄目を開けてぼんやりとする視界のピントを精一杯合わせる。
 震え声で私を抱えるその声の主は……
 

 クセっ毛を束ねた、赤い瞳の女の子だった。
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