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 『CuCoPa!!』内企画「あの頃のあの娘」用インタビュー音声.xxx
 
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 あの、これもう録音始まってるんですか? 喋っても……あ、いいんですね。
 ごめんなさい、何しろただの一般人なものでして。立派な教師だなんてそんな、まだまだひよっ子ですよ。ふふっ。え、あ、ええ、リラックス……うん、はい、出来ました。大丈夫です。
 質問に答えていけばいいんですよね? はい、それでは。よろしくお願いします。
 こずえちゃん、遊佐こずえちゃんは私の担当クラスの子でした。三年生の時ですね。9歳の。その頃私は教員になって4年目くらいで、ようやく副担任から副が取れた感じでしたね。
 ですから、まあ、張り切ってました。どうしたって女の先生って子どもから舐められがちになるんですよ。かといって今の御時世厳しくしすぎるのも難しいし……そういった意味ではこずえちゃんは全然手がかからない子でしたね。
 印象、うーん、もう最初に言っちゃうと今と全然変わらないです。背格好もそんなに……珍しいですね。この時期の女の子は男の子より成長が早いですから。こずえちゃんはいつもぽやーっとしてて、眠そうなんだけど授業で寝ちゃったことは一回も無いです。
 妖精さん、ですね。今もそんな感じでアイドルで衣装着たりしてるでしょう? 髪の毛もクリーム色で、瞳も……何て言うんでしょう、エメラルド? 日本人離れしてますよねえ。
 マイペースでゆったりしてて、え? 勉強? それがですね、彼女すっごい頭良いんですよ。テストも大体が満点で、特に算数で問題を間違えたところを見たことがないです。ただちょっと漢字が苦手みたいですね。書くのも読むのも。ま、理数系の子です。
 本人が一番楽しそうにしてたのは音楽でした。流石アイドルになるような子ですよ。歌ったり演奏したり……、そう、リコーダー吹くのが好きでしたね。上手、とは決して言えないんですけど、何だか妙に耳に残る吹き方するんですよ。眠くなるような……泣きたくなるような……笑いたくなるような。ちょっと言葉では表現しづらいですね。ごめんなさい。実際にテレビで吹かせてみても面白いかもしれませんよ。クラスにやんちゃだった男の子がいたんですけどね、ある時彼女のリコーダー聞いたらすっかり大人しくなったとか、そんな事もありました。
 変な話でしょう? ちょくちょく、変わった話があるんですよ彼女について、学校内の。あ、お話いたしますか? 昼休みとか休み時間は皆グラウンドとかとにかく教室の外に出るんですけど、ある日こずえちゃんがね、屋上にいるのを見たって子が何人か報告してくれたんですよ。うちの学校も当然封鎖してますよ。危ないですもの。でもいたって。本人は聞いても何のことだか分かってないみたいだし、友達は一緒に図書室で本を読んでたって言うんです。屋上に大きな花の絵を描く絵本だったとか。だから……見間違いじゃないかって、そうなりました。幽霊だって言っても、真っ昼間じゃねえ。とにかく、そういう話もありました。
 アイドル……あの子、アイドルになったんですよねぇ。どう思うかって聞かれたら、やっぱ納得しちゃいますね。周りの子とは明らかに違う雰囲気だったもの。綿菓子みたいな、夢に出てくる羊みたいな。
 変わってはいたけど友達はたくさんいました。友達というより、教室で飼っているペットみたいな様子もありましたけど。不思議な魅力があったんでしょうね。これからももっともっと多くの人にその魅力を伝えてあげてほしいです。
 ……こんな感じでよろしいでしょうか? オッケー? ああ、良かった緊張したぁ。
 
 え? あの子のご両親の話……? いえ、お二方とも会ったことはありますけど、至って普通の方達でしたよ? 授業参観とかは共働きでお忙しいからって、来たことはありませんでしたけど今時そういうご家庭も少なくありませんし。
 なのできちんとお話出来たのは家庭訪問の時だけですねえ。その時はお母様しかいらっしゃらなかったけど。
 あの、ご両親の話も私が話してよろしいんでしょうか? こずえちゃんについてのインタビューだったら直接お会いに行けば……あ、なるほど、アポがまだ取れないんですね。はあ、彼女の周りの環境についても外からの視点でお話を聞きたい、と。
 とは言いましても……私もそこまであの子の家庭環境について詳しいわけではないんですよ。何か児童の学校生活に家庭とも関係ありそうな問題があれば、もちろん教師の立場としてご家庭の事情に踏み込むケースもあります。でもこずえちゃんはそんな……。
 あ、そこまで固いものではないんですか? ああごめんなさい早とちりしちゃって恥ずかしい……で、では私個人の軽い印象を語ればいいんですね? さっきみたいな。はい、はい。了解しました。
 うーん、とはいえ先程も申しましたように本人と比べればさほど特別な印象は……お子さん想いだったことは確かです。手提げ袋に必ず手縫いの名前と、女の子向けのキャラクターがプリントされてて。連絡帳の返信も丁寧で分かりやすくて、提出物も毎回早めに用意してくださっていてとても助かってました。最近はお子さん共々そこがルーズな方が結構……あ、その、えっと、すいません関係ない愚痴でした……。
 で、えー、こずえちゃんのご両親ですが、家庭訪問がありまして。その時が初めてごゆっくり話せる機会だったというか。まあ、そんな感じでして。そう、あの……
 ……
 ……
 家庭訪問、行ったんです。私。
 お家、は……えと、当然場所については詳しくお話出来ないんですが、大きいお家でしたよ。庭が広くて、真っさら綺麗な白い壁で、入り口から玄関が結構遠いタイプの、石畳、カーテンが全部閉まってる。閉まりきっている。中が全く見えない。
 本当に人が住んでるんでしょうか? でも、庭の芝生はちゃんと手入れされてて、花壇の花も生き生きしてて、人の気配だけが薄いんです。人の、気配だけ。
 お母様はいらっしゃいました。約束したお時間ですから当たり前なんですけど、私ほっとしちゃって。
 それで、その……挨拶、して……中へ案内されて……
 ……
 大丈夫です。大丈夫。ちょっと偏頭痛がしただけです。ごめんなさい。
 こずえちゃんのお母さんはこずえちゃんのことが大好きなんです。髪は黒色、歳はまだ40に届かないくらいに見える。白のブラウス紫のスカート普通に見かける少し生活に余裕のある上品なお母様。
 ふふっ、さっき私『こずえちゃんのお母さんはこずえちゃんのことが大好き』って言ったでしょう? すごいんですよ、家の中。
 私玄関見た途端わーってなっちゃって。吐き気も少し。
 写真でいっぱいなんです。こずえちゃんの。色んなこずえちゃんの写真があちらこちらに貼ってあって。額縁もたくさん、メッセージ入りのもちらほらあって。子煩悩ですいませんー、いえいえー愛されてますねー、みたいな会話もしちゃったり。
 廊下を歩く時にこずえちゃんの顔を踏まないようにするのも大変でしたけどね。お母様は気にしなくても平気って言ってましたけど、気にしちゃいますよねえ。扉開けるにもこずえちゃん、電気つけるにもこずえちゃん。もー、すごかったです。
 客間もやっぱり、額縁が豪華になってるのがあるくらいで、壁と天井と床にずらーっと。そこで、家庭訪問なので、学校でのご様子とかお家での生活とか、まあありきたりなことを話しました。
 特に大きな問題も起こさない子だったので、家庭訪問としては話す内容は少なかったです。あ、そうだ。お母様はその時写真を抱えてました。ええ、もちろんこずえちゃんのですよ? 時々会話の合間にそれをじっと見つめながら、うっとりとしていたのを覚えています。
 しばらく経って、話すことも話し終わった頃に玄関からこずえちゃんの声が聞こえて。友達の家から帰ってきたらしくて、私が来ていることに気付いて客間に来て、ええ、そうです、本物のこずえちゃんが。
 ……お茶頂いてもいいですか? ずっと話しっぱなしで、喉渇いちゃった。んっ、はぁ。続けますね。
 お母様とこずえちゃんが話してるんです。他愛のないこと。お菓子が台所にあるよ、とか先生にご挨拶は? とか。
 
 あの、そこで私、「ん?」ってなって。気付いたんです。おかしいんです。おかしくない? いや、おかしい。あはは。
 
 喋ってるんだけど、喋ってないんです。お母様、こずえちゃんの方を見てない。微妙に視線を外している。その先に写真がある。写真のこずえちゃんに向かって話しかけている。あるいは、手に抱えている写真に向かって話している。
 子どもの写真って、成長記録って側面があるじゃないですか。あの年頃のお子さんを持ってれば尚更。でも、あそこには『今』のこずえちゃんしかいなかった。ごく最近の短い期間に、一気に揃えてる。生まれてすぐ、ハイハイ出来た頃、幼稚園、入学式。無いんです。全部。
 何故? こずえちゃんは、慣れてるみたいで何も言わない。不思議に思ってる様子が全然見えない。
 こずえちゃんが私を見ました。背中が震えました。汗が止まりませんでした。
 でも、相変わらずこずえちゃんは綺麗で、妖精さんみたいで、宝石みたいな眼で私を──「せんせいおにんぎょうあそび、するー?」彼女は言いました。遊びに誘ってくれました。お人形遊びに誘ってくれました。
 え? 今の声? 何のことですか?
 お母様はしきりにこずえちゃんに退屈してないかどうか訊ねます。私に少し遊びに付き合ってくれないかとも言ってました。えと、でも、私次の訪問先があるんです。だから無理なんです。お暇します。ごめんなさい。ごめんなさい。
 なあに? こずえちゃん?
「ままのー、こずえー、こずえじゃないー?」
 ……
 ああ、そうか、そうだったんだ。
 あれは認識の固定化の為にあるんだ。もしくは、強烈な自己暗示。あの、写真の中の姿以外に見えないための、あれは予防策なんだ。母親の記憶には矛盾がある。写真群以前の遊佐こずえと現在の遊佐こずえに、周囲の記憶と自身の記憶に決定的な違和感がある。
 正体の掴めない違和感に追い詰められた結果が、あれだ。彼女は無理やり、娘をあの姿に固定している。これ以上違和感が大きくならないように。いつか、また、歪みが起きないように。
 それを知ってしまった私は。
 ……
 

 こずえちゃん、アイドル頑張ってますよね。本当に応援してるんですよ私。元教え子ってだけじゃなくて、純粋に歌ってる姿、踊ってる姿が可愛くて、元気づけられるんです。
 だからほら、見てくださいこれ。こずえちゃんのプロマイドとか、雑誌の切り抜き。こんなに貯まっちゃいました。家にもまだまだたくさんあるんですよ。あちこちに貼り付けてあるんです、アイドルのこずえちゃんを。
 私は彼女の一番のファンを目指してるんです。握手会やライブに直接は行けないけど、それでも。いっぱい、いっぱい応援したいなって。
 今のこずえちゃんが一番なんです。あのままでいいんです。テレビや写真越しで見れば、あんなに可愛くて美しいんだもの。
 ……
 ……
 あら? またあの子──
 

 ──笛の練習をしているわ。
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 備考:没。マスターデータは破棄済み。
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