top of page
「人生とは夢である。だから懸命に生きなきゃいけない」
 テレビの中の誰かさんが偉そうに言っていた。
「だったら、その夢はいつ覚めるんですか?」
 ベッドの中のあたしは皮肉そうに言った。
 あの時の答えは未だに返ってこない。
 
 
 人生が夢にありふれてるのならほんとうはどこにあるのか。全てが嘘なのか作り物なのか。
 それならば神様。どうして作り物に生きる私をこんなにも弱くしたのですか。
 ベットの隣のチェストに置いてある蓄光の時計の針は長針、短針共にてっぺんを過ぎ、まるでくらい廊下の中に灯る非常口のマークみたいにただ冷たく光っていた。
 あたしは夜の病室が嫌いだった。外の景色も匂いも壁も今座っているベットの感触も夜という魔法が目の前を染めて広がるだけで全てが心を蝕んでくる、体が風化し端から砂になっていき、どんどん落ちていく。
 何度も夢であれと思ったか、嘘であって欲しいと思ったか。そう思っても何度もあたしはここに眠っていた。
 今回も少し調子が良いって思ってた。それでもしばらくすると苦しくなって辛くなって気がついたらこんなところに寝かされていた。まるでゲームで死んじゃったみたい。人生に残機なんてものありゃしないのに何回も何回もスタートを無理矢理に切らされている。
 人生ってこんなものだったっけ。自分で切り開くものって確かに小学校で言っていた。しっかり生きていれば自分の生きる道が開いてくるって中学で励まされた。けど、それはきっとクラスの前向いて走り抜けることができる人に言ったんだ。走る人ただ見てることしかできないあたしになんか言ってない。
 あたしの世界なんてこの病室で終わっている。生まれてからここが終点にいる気がする。殺風景で清潔感だけの寂しい世界。
 はぁ。重いため息が一つ。だから夜中に起きるのはあまり好きじゃない。ものすごくネガティブになる。こんな思いするんだった先生が来るって聞いた時にわざと昼寝するんじゃなかった。いや、恨むのなら自分の体質か。
「いっそ、死んだほうがー」
 とっさに口をつぐむ。心がキュッと締められる。これだから夜の病室は嫌いなんだ。心は疲れ切って休みたいと言っているのに身体は私がそうさせてくれない。生きてる暇もない。
 ふぅとため息を浅くつく。頭で考えても気持ちが底に落ちていくだけなんだ。それなら寝てしまおう。枕もとに置いてあった音楽プレイヤーを取り、顔に近づけ覗き見る。暗い奈落で光が一つ、私には眩しすぎる。まともに見ることができない。目を細めながら片手で曲を選んでいき、もう片方で耳にイヤホンをはめる。体に悪いって知ってる。けど心が荒むよりかは何倍もマシだった。
 なんとなくで選んだアルバムのジャケットを触る。画面が切り替わり、ギターの音が流れる。優しい音。自分の心音よりも落ち着く。白い世界が徐々に塗り替えられていく。
 嫌なことを考えた時、それで眠れなくなった時、そんな時にはよく音楽を聴いていた。耳を塞ぐだけで別の世界に行けたし、いい音は胸を落ち着かせて、いい歌詞は心に沁み入ってきた。それだけで余計なことを考えなくて済む。そして、音楽に浸ってるだけでいつの間にか朝になってたりしている。
 今聴いている曲は正直言って明るい曲じゃない。そういうのはなんだか好きになれない。けれども今聴いてるのは誰も泣いたり、失恋したり、死んだりしない。ただ歌詞の主人公が今の苦しい心境を歌っている。
 明るくはないけど力強い。この歌も作り物ものだとしても少し勇気づけられる。
 聴きながら目を閉じ、歌っている人を思い浮かべる。一体どうして、こんなに前向きな歌詞をこんなに力強く歌えるのだろうか。この人とあたしは確かに違う、多分この人はあたしみたいに病弱でもネガティブでもない、そして同じ人間。何が違うのかなあ。
「持ってるものを羨むよりかは、自分が持ってないのを恨むべきかな」
 自分だけに聞こえる声で呟く。みんなは自分の持ってるものを数えたらどれぐらいになるんだろう。みんなは両手で数え切れないやって言って嬉しそうな笑顔になる。そしてその向こうで数え切ったあたしがそっぽを向いている。
 体力も勇気も友達も、何よりも人より少ない。あたしはいつになったら変われるのかな。
 眠りそうな体を起こし窓の外を見る。手前から奥まで電飾のグラデーションが見える。奥のビル街までは遥か遠い。強い光を見続けたせいか、微かにぼやける視界。光が一つの集まりに見えて、キラキラと煌めいている。
「ほんとに一人ぼっちなんだなあ、あたし」
 声が震えることに自分でも驚いた。こんなにも自分は寂しいんだ。
 変わりたい、変わりたいなぁ。
 もうこんな風景も感情も飽きた。外を自由にいくらでも走っていたい、何かに難しいことにも挑戦していきたいし、それらを一緒に立ち向かってくれる、何かあったら隣にいてくれる友達も欲しいし、自分も誰かに寄り添いたい。ただ白く冷たいだけの空間から抜け出したかった。
 心からすでに溢れ出し今でも潰れそうだった。今すぐ泣きたい。けれども今泣いたってきてくれるのは医者と看護師さんだけ。彼らはどうしたの? どこか痛いの? と優しく聞いてくれる。
 けど私の本当に聴いて欲しいのは身体のことなんかじゃない。この身体中でもがいている、胸の中に高鳴ってる思いだけ、それだけ聴いて欲しいんだ。
 
 誰か、この声を聴いてよ。
bottom of page