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「…やっぱり、今一つだなぁ…」
 窯出しされた器を眺め、ため息をつく。ここ最近、納得出来るものが創れていない。
 一緒に焼きあげられたおじいちゃんの作品と比べ、地味で、面白みのない器。
 年季が違うから比べても仕方ないことは分かっているのだけれど、ここまで差が歴然としていると目標の遠さにめまいすら覚える。
「どうした、肇」
「あ、おじいちゃん…この器、どうかな?」
「…悪くない出来じゃ」
「…うん、ありがとう」
 おじいちゃんはお世辞を言うような人ではない。確かに決して悪くはないのだろう。
 でも、足りないと感じてしまう。その足りないものが明確でないだけにもどかしい。
 再度こぼれそうになったため息を飲み込み、窯出しの続きに戻った。
 
 翌日、朝から工房に向かおうとしていたら、おじいちゃんから部屋に呼ばれた。
 私がおじいちゃんの部屋に入るのは、主に叱られる時だ。
 小さい頃、無断で工房に入っていたのがばれた時に大目玉をくらったのもおじいちゃんの部屋だった。
 前回呼ばれたのは、酷く暑い日にだらしのない恰好をしていたのを叱られた時だったか。
 肩をすぼませる様にして座布団に座ると、おじいちゃんは私の向かいに座り、切り出した。
「最近何か悩んでいるようじゃが」
「えっ?」
「…言いにくいことなら無理には聞かんが」
「あ、ううん、そうじゃないの」
 叱られると思っていたからビックリして、とは言えなかった。
「気にかけてくれてありがとう、おじいちゃん。うん、相談させて」
 ぽつりぽつりと、最近中々自分で納得のいく作品が創れていないこと、工夫しようとしても無難な出来になってしまうこと、陶芸家として成長できていないのではないかと思っていること、などを話す。

 おじいちゃんは静かに、時折頷きながら私の話を聞いてくれた。
 一通り話し終えると、おじいちゃんは少し考え込むように顎髭をこすった後、すっと立ち上がった。
「ちぃと待っとれ」
 そう言って数分ほど席を外したおじいちゃんは、二つの器を持って戻ってきた。
「肇はどちらが良ぇ物じゃと思う?」
 私の前に置かれる二つの器。片方は昨日おじいちゃんに見せた器だ。もう片方も見覚えがある気もするけれど、思い出せない。
 両方を見比べると、自画自賛になるかもしれないが、昨日焼きあがった器の方がいい出来のように見えた。
「こっち…かな」
「儂もそう思う。それは昨日焼きあがった器。こっちは一年くらい前に肇が『ここ最近で一番の出来だ』と言うて持ってきた器じゃ」
「あ…!」
 見覚えがあるはずだ。確かにそれは私が以前創った器だった。
「成長しとるよ、肇は。今は“守破離”でいう“守”から“破”に移ろうとしている時期なのかもしれんな」
 成長できていると言われホッとすると同時に、新しい問題が見えてきた。
 昔から挑戦や自己表現があまり得意でない私は、自分の殻を破ることが出来るのだろうか。
「今までとは創り方を変えてみた方がいいのかな?」
「どうじゃろうな。ひたすら数をこなしてある日不意に一歩前に進む奴も居れば、全く別の事がきっかけで成長するやつも居る」
「おじいちゃんはどうやって乗り越えたか、聞いてもいい?」
「…同じ方法が良いとは限らんけん、余計な先入観は無い方がえーじゃろ」
「そっか…うん、わかった。ありがとうおじいちゃん、色々考えてみる」
 相談に乗ってもらったお礼を言い、おじいちゃんの部屋を出る。
 今は工房に行っても集中できそうにないので、自室に戻ることにした。
 
 緊張していたのか、部屋に戻るとドッと疲れが湧いてきた。
 畳の上に転がり、さっき相談した内容について思い出す。
 自分でも薄々感じていた、陶芸家としての致命的な私の欠点。
「私は、どんな器を創りたいんだろう…」
 土を捏ねるのが好きで、自分の手から器が形作られることに夢中になって、小さい頃から陶芸にばかり打ち込んできた。
 本格的に陶芸を習い始めた時からおじいちゃんという師匠がいて、ずっとその背中を追いかけてきた。
 今まではそれでも良かった。でも、このままではいけないのだろう。
 まだイメージも出来ないけれど、私が創りたい器はおじいちゃんの模倣ではないのだから。
 
「挑戦、かぁ…」
 陶芸とは別だが、挑戦してみたいことならば一つある。
 陶芸を始めてからはそちらに集中するため忘れようとしていた、小さな頃の大きな夢。
 何を馬鹿なことを、と呆れられるかもしれない。無謀だ、と止められるかもしれない。
 それでも心の片隅で燻っていた想いに火が付いたのを感じた。
「…私は、アイドルに、なりたい」
 憧れだった華やかな世界へ飛び込んで、色々な経験をして視野を広げることは、陶芸にもきっといい影響を与えてくれるはず。
 家族を説得するのは大変かもしれないけど、根気よく話し合おう。
 おじいちゃんはこの時間は工房で作業中だろうから、まずはお母さんと話してみることにした。
 
 家事が一段落したのか、お母さんは居間で一息ついているところだった。
「お母さん、相談があるのだけど…」
「あら、珍しい。どうしたの?」
「あのね…その…」
 決意は固めたつもりだったが、中々言い出すことが出来ず、口ごもってしまう。
「………肇、今から時間は取れる?」
「え、うん、それは大丈夫だけど…」
「釣りに行こうと思っていたの。そこで話も聞いてあげるから、ちょっと付き合いなさい」
 
 家を出て10分ほどで目的の渓流に到着する。
 うちは家族全員が釣りを嗜んでいるので、遊漁券は毎年家族分購入している。
ちなみにお母さんが一番の釣り上手で、私とおじいちゃんが組んでも敵わないほどだ。
「肇と釣りに来るのも久しぶりね」
「そうだね、今年になってからは初めてかな」
 二人並んで竿を垂らす。周囲に人影はなく、川のせせらぎや鳥の鳴き声だけが辺りには響いている。
 良い風も吹いており、心地よさに思わず目を細めていると、早速お母さんの釣竿に当たりがあった。
「はい、一匹目。まだ小さいわね、リリースしましょ」
「相変わらず早いなぁ…私と何が違うんだろう」
 同じ餌、同じ場所で釣っているはずなのだけれど。
「好きこそ物の上手なれ、ってやつかしらね。釣りも陶芸もおじいちゃんから教わったけど、陶芸の方は私には向いていなかったし」
 急に陶芸の話題になり思わず顔を向けると、お母さんはこちらを見て微笑んでいた。
「あ、やっぱり。相談事はそういう話かしら」
「…うん、半分はそう」
「あら、半分だけかー、残念。それじゃあ答え合わせの時間ね。教えてもらえる?」
「…うん、聞いて。驚かせちゃうかもしれないけど」
 
 陶芸で伸び悩んでいること、それを打ち破るためにも新しいことに挑戦しようと考えていることを前置きとして話し、本題に切り込んだ。
「私ね、アイドルを目指したいの」
「…そう」
「………え、そう、って、それだけ?」
「それだけじゃないわよー。アイドルになるためには上京しないといけないのかな、とか、信頼できる事務所を調べるにはどうすればいいのかな、とか色々考えているんだから」
 その返事にまた驚かされる。それってつまり…
「反対、しないの?」
「肇が考えた上で決めたことでしょうからね、応援するわよ。お父さんにも連絡して根回ししてあげる」
 私のお父さんは備前焼を広めるためのイベントなどに関わっており、全国各地を飛び回っている。確か今は九州に行っているはず。
「あの人ってば出張中に娘がアイドルになっていたら驚くでしょうねー。家を空けてばかりいる報いよね」
「もう、お母さんったら…」
 ちなみに私の両親はとても仲が良く、お父さんが帰って来ている時は今でも新婚のような雰囲気をまき散らしている。
 仲が良いのは結構なのだけれど、娘としては見ていて照れ臭いというかなんというか。
 それはさておき。
 お母さんの了承は得られた。お父さんにも後で電話をしようと思う。残るは…
「おじいちゃんには肇から話して、ちゃんと説得しなさいね」
「…うん、頑張る」
「ふふ、そんなに緊張しなくても多分大丈夫よ。血は争えないってやつなのかしら」
「? それって、どういう…?」
「あら、そういえば肇は知らなかったかしらね。おじいちゃんも若い頃に陶芸の道に進むか悩んだことがあってね、その時に家を飛び出して日本中を旅したのですって」
「そうなの!?」
 おじいちゃんはずっと陶芸一筋の人だとばかり思っていた。
「全国を回って、各地の風景や生活、それに陶磁器なんかも見て回ったそうよ。最終的に備前焼作りを続けることを決めて、帰ってきたら物凄く怒られたとか。昔はお酒が入るとよくその話をしてくれたのだけどね。肇が陶芸を始めた頃からとんと話さなくなったわね…もしかして教えちゃまずかったかしら?」
「あはは…」
 物凄く興味はあるけど、聞かなかったことにしておいた方がいいかもしれない。
 
 その日の夜、おじいちゃんの部屋を訪ねた。
「朝は相談に乗ってくれてありがとうおじいちゃん。それでね、考えたのだけど…私、アイドルに挑戦したいの」
「…何をわやなことを」
 うん、おじいちゃんの言うことはもっともだ。でも、私にも引けない理由があるのだ。
「陶芸は今も大好きだよ。でもね、習ったことをそのまま出来るようになればいい“守”から、今のままだと私は先に進めない」
「何を言っとる…」
「私ね、陶芸で表現したいこと、やりたいことが、分からないんだ」
 おじいちゃんの驚いた顔は珍しいな、なんて考えながら、言葉を続けた。
「こんな私じゃ、今のまま陶芸家になっても何もできないし、きっとおじいちゃんを超えられないから。新しい世界に飛び込んで、自分の器を広げたいの」
「…陶芸の道を、諦めるわけじゃあないんじゃな?」
「うん、陶芸も、アイドルも、頑張りたいの」
「…その目は何を言っても聞かん目じゃな」
 じっとおじいちゃんと見つめ合う。数十秒ほどそうした後、おじいちゃんはため息を一つついてこう言った。
「…好きにせぇ」
「おじいちゃん!」
 良かった、分かってもらえた。安堵感で少し泣きそうになってしまう。
「まったく、頑固娘が。誰に似たんじゃ」
 おじいちゃんだと思う、という言葉は、寸でのところで飲み込んだ。
 
 その後、無事に書類審査を通過し、事務所での面接を受けることとなった。
「持って行け」
 出かける準備をしていたら、おじいちゃんから風呂敷を手渡された。
 開いてみると、中身はこの前私が作った器だった。
「おーでぃしょんってのは自己紹介みてーなもんじゃろ。だったらそれを見せるのが手っ取り早ぇー」
 地味で、面白みのない、だけど少しずつ成長している器。
 確かにこれは、取り繕っていない私自身の姿だ。
「それを見た上で、お前をアイドルにするって言うのなら……儂も信じられる」
「…わかった、持っていくね。ありがとう、おじいちゃん。行ってきます」
「……気ぃつけて行ってこい」
 おじいちゃんに見送られ、お母さんの車に乗り込む。
 まだ不安はあるけれど、それ以上にこれから始まる物語に胸の高鳴りを覚える私がいた。
 
-アイドルマスターシンデレラガールズ スターライトステージ 藤原肇とのメモリアル1に続く-
 
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