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 私はアイドルになりたくて、ずっと頑張ってました。
 だけど、本当はアイドルになれるなんてこれっぽっちも考えていなかったのかもしれません。
 何故って私は、ずっと自分をごまかしてきたのだから。
 
 

 安部菜々、18歳。
 永遠の17歳である今の私からすると、未来の話に見えるかもしれないけど、本当は結構前の話。
 高校を卒業した私は、声優アイドルを目指して上京することを心に決めていました。
 両親は結構放任主義だったから、ダメとは言わなかったけれど、自分のことは自分でという約束で。
 高校生なので貯金なんてほんの僅かしかありませんから、やむなく奥地の千葉から東京に近い千葉への上京です。それでも相当近くはなりましたけど。
 声優アイドルになるために私がまず上京して最初にしたことは何だったか。オーディションを受けること? 養成所に通うこと? 街でスカウトされるために自分を磨くこと?
 正解は、一人暮らしをするためにバイトを見つけることでした。
 幸いにもすぐに見つかったバイトはメイドカフェ。密かにやってみたかったお仕事だし、人前に出てファンの応対の練習にもなるし、お金も貰える。一石二鳥のいいバイトだ、って。
 思えば、それがいけなかったんです。
 私はちっちゃくて、愛想もよかったから、割と人気がありました。お客さんにウサミミみたいなリボンをプレゼントされて、それをつけてみたら大ウケして、それがトレードマークになりました。アイドル志望なんですと言ったら、ノセられてお店の中で拍手を貰いながら歌ったりもしました。そうやって、お客さんが喜んでくれることがとっても嬉しかった。まるでアイドルみたいでした。
 そう。私は、そんな小さな喜びに満足してしまっていたんです。
 
 そうして気が付けば、何年もの歳月が経っていました。
「安部ちゃんもだいぶ古株になったよね。そういえばアイドルになるのって、やめたの?」 
 その言葉に、ふと我に返りました。
 気が付けば、常連さんたちもメンバーが入れ替わってしまい。
 私も、アイドル目指していますって、あまり言わなくなってて。
 お母さんから電話が来たときは「色々頑張ってるけど、なかなか」って言いつつ、何もしてない。
 ずっと自分をごまかして生きてきたんだって、気付いてしまいました。
 焦った私は、養成所の資料を取り寄せて。オーディションの日程もネットで調べて。
 履歴書やらなんやらの必要な書類も全て書いて。
 ……そして全部ゴミ箱に捨ててしまいました。
 私はアイドルへと踏み出すことが出来ませんでした。
 何故か。
 自信を喪うことに恐怖を覚えてしまったからです。
 養成所で、オーディションで。お店でほんの少しちやほやされた喜びを否定されるのが怖くて。お金に余裕が出来ても、その扉を叩くことが出来ませんでした。
 もう実家に帰ろうかな。そう思っていたある日のバイト帰り。ふと思い立って普段と違う道を歩いていると、小さなライブハウスがあって、私の目に飛び込んできたのはアイドルの文字でした。
 こんなところでアイドル? 疑問に思いました。だって、アイドルってもっときらびやかで、大きなところで歌うものだと私は思っていましたから。
 思わず、当日券を買って中に入っていました。
 そこは本当に小さくて、客席は100人も入らなさそうだけど、実際のとこ30人もいるかどうか。
 開演時間になると、アイドルの子が、ステージの左側から登場してきて、その瞬間に一部の観客のボルテージが一気に上がりました。
「リボンちゃーーーん!」
 一斉にあがった声に「はーい!」と答えたのは、頭にちょっと異常な大きさのリボンを付けた女の子でした。私のウサミミみたいなリボンの5倍くらい。なるほど、それでリボンちゃんなんだ。
「私のリボンはー?」
「世界一!」
 お約束のやり取りらしきものをして、彼女は歌い始めました。少ないながら観客はノリノリ。
 ライブが終わって、彼女は出口でお客さんを見送りしていました。
 ファンの方と握手したり、ハイタッチしたり、お辞儀をしたりして、今日来てくれたことの感謝をしていました。
 私は、わざと一番最後まで残って、そうして彼女、リボンちゃんの前に立ちました。
「あ、初めましてですね、今日はありがとうございます!」
 そう笑顔を見せた彼女に、私は思い切って、ライブ中に考えていたことをぶつけました。
「あの……! どうやったら、私もあのステージに立てますか!」
 
 リボンちゃんは親切にも、メアドを交換してくれました。
 今はこうやって小さな箱でやっているけど、いつかメジャーからデビューしたいんだと夢を語り、そして彼女たち地下アイドルのことを私に教えてくれました。
 地下アイドルと世間では呼ばれるけれど、決して地下で留まるつもりはないから、自分ではライブアイドルって名乗っているんだって、リボンちゃんは言いました。
 そして、ステージに立つには当然まずは曲を作ってくれる人を探すべきで、私の知り合いで良ければ紹介するということ。それから地下アイドルは沢山いるから、キャラクターを強くして目立てるようにしたほうがいいってこと。
 なるほど。まずはキャラクターを決めよう、と。帰ってから私は机の上に紙を広げて、私というアイドルのキャラクターを作り始めることにしました。
 目立つキャラクターとは。……まずは衣装でしょうか。これはアテがありました。私のバイト、メイドさんです。メイドさんが歌っていれば、きっと目立つ……でも、きっとそれだけじゃ足りない。
 どうしたものかと悩んでいると、机の上に置いてあった鍵につけている星のキーホルダーと、お店でも付けてるウサミミに目が止まったんです。
 そうだ。宇宙人だ。ウサミミのメイド宇宙人。
 星の名前は……ウサミン星!
 ウサミン星からやってきた、ウサミン! 年齢は、永遠の17歳! これだ!
 早速考えたキャラクターをリボンちゃんに送りました。私のキャラを元にして、曲を作ってもらうことになっていたからです。
 そしてその翌月には、格安で作って貰った曲を携えて、自己流だけどレッスンも積んで、私ことウサミン星人のウサミンはライブアイドルのデビューの時を迎えました。
 他のアイドルたちとの合同ライブ。観客は50人行くか行かないかだけれど、ここでどれだけ自分のファンに出来るかの勝負なんです。私はお店の常連さん何人かにチケットを買ってもらっていました。そういう知り合いがいたほうが有利なんです。全部、リボンちゃんに教えてもらったことでした。どこまでもリボンちゃんは親切でした。
 ナナの出番です。緊張はもちろんしていましたけど、メイドカフェの常連さんと、リボンちゃんがいるから、大丈夫でした。
「初めまして! ウサミン星からやってきたウサミンです! みんな気軽にウサミンって呼んでくださいね! いきますよ! せーの!」
「ウーサミーン」
 声をあげてくれたのは、5人くらい。前もってお願いしておいたお店の常連さんたちです。
「おやおやー! 声が小さいですよー! ほらほら恥ずかしがらずにみんなで~! せーの!」
「ウーサミーン!」
 今度は10人くらい。
「もっともっと!」
「ウーサミーン!!」
 そして、会場の半分くらいが、声を上げました。つかみとしては充分です。
「ありがとー! それじゃ聞いてください! 曲は、ウサミン伝説 第1章!」
 楽しかった。観客は少なくても、私はアイドルになったんだ。
 そんな充実感が、初ライブを終えた私にはありました。
 これから、どんどんライブをやって、ファンの人たちを増やしていって、近い将来、メジャーなアイドルとしてデビューすることが出来るかもって。
 そう、思っていました。
 だけど。
 それから何年経っても、まだ私の居場所はメイドカフェとこの小さなライブハウスのままでした。
 もう何度目か覚えてないくらいのライブ。ステージ直前、私は、ぼんやりと暗闇の中で考えていました。
 どんなに一生懸命やってもファンの数は大して増えない。自主制作のCDも、両手で数えられる程度しか売れない。地下アイドルは、どんなに頑張っても地下アイドルのままでした。
 最初にライブに来てもらった常連さんも、来たり来なかったり。そして私をこの舞台に連れてきてくれたリボンちゃんは先月、とうとう引退してしまいました。
「ホントのアイドルになるのが夢だったけど、もう、そろそろ限界かなって」
 リボンを外して寂しそうに笑ったリボンちゃんを目の前にして、私はまた自分をごまかしていたことに気付かされました。
 アイドルになる夢を追いかけているつもりで、本当は、このせいぜい30人くらいの観客に囲まれてまた満足していたんだって。
 地下アイドルから始めようと思ったのも、このくらいならきっと、私でも出来るだろうなんて、甘い考えだったからだって、気付いてしまったんです。
 リボンちゃんとのお別れと、どうして私はいつもこうなんだろうという自分の情けなさとで、私はその時ひどく泣いてしまいました。
 私だって気が付けば年齢もいよいよです。今更オーディションも、養成所もない。
 ウサミン伝説は最終章に入ってからもう1年以上続いていて。
 仕事場の同僚も結婚していくばかりで。
 タイムリミットは、目の前。
 もう、いいか。
 また自分をごまかそう。そんなの慣れっこだもの。年齢も出身もごまかして、自分の気持ちもごまかして。
 それでいいじゃない。
 やれるところまでやって、実家へ帰ろう。
 ずっとずっと、自分をごまかしてきた私。自業自得だもの。
 でも。
「やっぱり、諦めたくないなあ、アイドル……」
 舞台袖の暗がりで、そう呟いて、ほっぺをパチンと両手で叩く。
「ダメダメ。私はみんなのアイドルウサミン星人! せーの、ウーサミン、ハイ!」
 それでも、今そこにいるみんなのために、いつも通り精一杯やらなきゃと、無理矢理にスイッチを入れて。
 顔を上げて小さなスポットライトへ向かって走って行く。
「それじゃみんな、行きますよ~! せーのっ! ウーサミン! ハイ!」
 ウーサミン!
 おや、と思った。いつもみんながやってくれるいつものコールレスポンス。
 一人乗って来ていない人がいて。
 初めてのお客さんかなって。楽しんでくれたらいいなって。
 それだけ考えて。私は、ステージの幕を、そして、アイドルへの幕を開くのでした。
 
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