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 そうそう、安部菜々、菜々ちゃん。高校の同級生、覚えてる? 1年の時にアイドル目指してるって言ってた子。前にテレビで見かけて、今本当にアイドルやってるんだってさ。
 えっ、だって同い年でしょ? 本当に?
 本当だってばー、私、びっくりしちゃった。
 でもねーーーーーー
 

「進路指導の紙、どうすんのー? 菜々ちゃん書いたー?」
 時は高校2年の秋。進路指導が本格化し、ある者は大学へ進学、ある者は短大や専門学校で将来のために学び、ある者はそこで就職を決める。そんな時期だ。では、私はそれについてどのように書くのか、どのように返事をするのかというと。
「私は大学か短大かなぁ、一人暮らししてやりたいこと探そうかなぁって思ってるよ。」
 このように返事をする。すると殆ど必ずこのように返事が返ってくる。
「へぇー、菜々ちゃん『声優』とか、『アイドル』目指してたんじゃなかったっけ? 流石にこの時期だと色々考えるよねぇ……。」
 
 私、安部菜々は昔から声優やアイドルに憧れていた。否、今も憧れている。でも、その選択は憧れから脱出しきれないものであった。もちろんいくつかオーディションも受けてみた。声優の養成所もいくつも考えてみた。でもその度に現実は私のことを打ちのめすのだ。それはオーディションの合否じゃない、養成所で言われた話ではない。
「えー? 菜々ちゃんアイドル志望なのー? 本気?」
 本人達はなんの気もないのだろう。ありがたい忠告のつもりなのだろう。私はそのありがたい忠告達に切り捨てられ、いつの間にか憧れを口にしなくなっていた。周りの皆と同じく、特に考えずに東京に出て、特に考えずに大学へと通い。そして特に考えずに生きていく。夢は捨てきれずにメイド喫茶で働き出した。プチアイドルとして目をかけてくれた店には今でも感謝している。そして私に魔法が掛けられる。
 
「安部菜々さん。いえ、ウサミンさん。私と一緒にこの世界で生きていきませんか?」
 
 今でも思い出す。昔のことを。あの発言は妬みだったのだ。夢を持って、夢に向かって邁進する姿は眩しすぎて直視ができないものなのだと、夢を捨てて生きた私が私自身に教えてくれた。
 夢に向かって邁進する、諦めなければ必ず叶う。なんて魅力的な、そして無責任な言葉達なのだろう。でも今の私は胸を張って言うんだ。夢を直視する勇気は自分を裏切らない。夢は諦めなければ叶うんだ。無責任さは叶えた者の特権なのだ。
 見ているか、かつての学友よ。見ているか、かつての教師達よ。
 見ているか、かつての私よ。私は今、幸せだ。
 
「安部菜々さん。では、行きましょう。」
「はーい!」
 私は魔法に魅せられて、舞踏会で踊る、踊る。魔法の解ける頂上はまだ来ない。
 
「ウサミンパワーで、メルヘンチェーンジ!!」

 ーーーーー昔は非現実的だ、そう思って悪いこと言っちゃったかなぁってさ。でも今は違うかなぁ。
 
 だって、菜々ちゃん、心から楽しそうだったんだもの。
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