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「yogafire!」
「ンハーッ!」
 ヨガ修行者の吐き出した炎をジャストアピールでかき消し、続いて623+Kで着地までの3連撃。ヘレンの常勝コンボが決まった。
「帰りなさい。貴方にも家族がいるでしょう……」
 乱入ストリートファイトをパーフェクトで制し、世界レベルの汗を拭いながら監督よりチャーイを受け取る。荒々しいジンジャーと雑多な紅茶葉の香りがその場に広がった。
「Hey、ヘレン! なかなかのパフォーマンスだったぜ」
 背後から声をかけたのはボリウッド気鋭の新人監督、チャパティ・ナーン。今回、ヘレンをバックダンサー役として抜擢したのも彼の采配だ。
「フフ……。世界レベルの私を端役扱い。この映画はまさに世界レベルとなるでしょうね」
「まぁそう怒りなさんなって」
 ナーンは気安くヘレンと肩を組みすごすごと立ち去るヨガ修行者を見送る。
「何故彼を?」
 監督の疑問にヘレンはチャーイを一口含んで間を置いた。なにしろ修行者は映画と何の関係もない通りすがりなのだ。
「特に意味は無いわ!」
 正しい腹式呼吸による美しい発声からのノーマルアピールにより1メートル程吹き飛ばされるナーン監督。しかし彼もさるもの、演技指導で鍛えたダンス筋肉により空中で体をひねって華麗に着地する。
「おいおいトンだじゃじゃ馬レディだな」
 更にチャーイを一口含みヘレンは天を仰ぐ。この国の人々もやはり人種の壁を超えることは叶わなかった。世界レベルの高み……。王者とはやはり孤独なものなのか。ヘレンの胸中に冷たい風が去来する。世界とは。宇宙とは。ブラフマーとは……。
「ヘレン、次も演ってくれるかい?」
 ナーンが改めて、真面目くさってバングーを差し出す。
「私の戦場はここではないわ」
 チャーイを飲み欲し、ヘレンは差し出された大麻飲料を押し返した。
「残念だ」
 そのまま自分の口にバングラッシーを流し込み、映画監督はガンジスを遠く眺めた。あぁ。良い。遥かに良い。
「私に相応しい現場があったら教えて頂戴」
 川の渦に象の目を見ているナーンを脇目に、ヘレンは道行く牛に髪を食まれていた。ンモウ……。この国で牛は神レベルの生き物であり世界レベルのヘレンで太刀打ちできる存在ではない。ヘレンは牛の唾液でべちゃべちゃになる自らの髪を無心で眺めるしかなかった。
「ジャパンはどうだ」
「ジャパン?」
 出し抜けにナーン。
「あの狭い島国に?」
「マイ・ヒダカやレオンは知ってるだろう?」
 ヘレンもその名前は聞いたことがあった。確か戦車で戦うアイドルだ。
「個人が世界レベルだからといって業界全体が世界レベルとはかぎらないわね」
 世界レベルのフィールドを作り出すのはプレイヤーだけではない。バックを支えるスタッフが、それこそ清掃員の一人まで世界レベルでこそ世界レベルは世界レベル足りえるのだ。
「ならお前が引き上げてやれよ」
 ナーンの吐き捨てるような一言。それがヘレンの胸に突き刺さる。
「なるほど」
 確かに。周囲に求めすぎていたのかもしれない。周りが世界レベルについてこれないのなら、周りを世界レベルにすればよいのだ。その時、その渦の中心は地球レベルにも宇宙レベルにも至るだろう。
「ジャパンのアイドルカルチャーね」
 思い立ったがハッピーデイとばかりに、ヘレンの足は動き出した。目指すは日本。狙うは世界。遠ざかるヘレンの背中に、ナーンが言葉を投げかける。
「今度は一緒にバングをやろうぜ!」
「必要ナシ!」
 ヘレンは一度振り向き、髪を振り乱して答える。
「私が麻薬よ!」
 キメ顔のバーストアピールで牛が吹っ飛んだ。すぐさま警察が動く。ここからヘレンのシンデレラストーリーがはじまるのだ。
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