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 3月の初旬、今日は雲一つなく太陽もあたたかな日差しを届けてくれている。しかし、吹く風はいまだに冷たく、春の到来はまだ先のようだった。
 
「何をしゃべればいいのかしら?」
 
 今日は雑誌の企画でインタビューを受けることになっていた。
 モデルになるために上京してきて、もう2年。今までもインタビューを受けたことはあるけれど、インタビューは苦手だった。
 24歳にもなって恥ずかしいことだが、人見知りな性格は、子供のころから直っていない。そのせいで、自分のことを人に話すことが苦手で、お仕事をいただけるのはありがたい事だが、インタビューの仕事の時は憂鬱になる。
 空がこんなに青いのに、風が冷たく感じるのは、季節ではなく、私の心境のせいかもしれない。そんなことを考えながら、インタビューを受けるために事務所内のミューティングルームに向かった。
 

「それでは、高垣さん、本日はよろしくお願いします。」
 
 記者さんの一言でインタビューが始まった。はじめは、簡単なプロフィールについての質問だったのですんなりと答えることができた。その後も答えに詰まる部分はあったけれど、記者さんにうまくフォローしてもらいつつ、比較的順調にインタビューは進んでいった。
 
 しかし、次の質問はすんなりと答えることはできなかった。
 
「今号の特集用の写真を拝見しましたが、悲し気な表情が衣装とマッチしていて、高垣さんの神秘的な印象がより強調されているように感じました。高垣さんといえば、独特の雰囲気をお持ちですが、撮影の時にプロとして心がけていることはありますか?」
 
 悲し気な表情と言っていただいたが、私自身は悲しい表情を作っていたわけではなかった。どちらかといえば、表情を作らないようにしているだけで、何かを心がけているわけではなかった。
 
 幼いころから感情を表に出すほうではなかったから、モデルを始めた当初は、私なりに表情を作るように努力していた。しかし、普段からしてこなかったことがうまくできるはずもなく、ぎこちない笑顔を作るのが精一杯で、最終的にはマネージャーさんから、
「無理に笑顔を作る必要はないんじゃない。高垣さんは、存在感があるし、無表情のほうが神秘的な印象がより強調されるから、今後は無理に表情を作るのはやめたほうがいいんじゃない。」
 と提案されてしまったほどだ。
 
 モデルという職業に、思い入れがあれば別だったかもしれない。けれど、モデルになったきっかけも知人の何気ない一言から、たまたま応募したオーディションに受かったので、モデルの仕事をやっている。もし、オーディションに落ちていれば、地元で就職していたと思う。
 なので、無表情でいいと言われた時も、現状のまま、変わる必要がないのならそれでいいと思い、今では撮影時には表情を出さないようにしていた。
 しかし、プロとして心がけていることがはありますか?という質問に、「無表情でいることです」と答えるは、流石にダメだと思ったので、言葉を選んで答えることにした。
 
「うまく、言葉にできないかもしれませんが、
 撮影の際には、私自身をなるべく出さないようにしています。
 今号の写真を神秘的な印象があるとほめていただいて、すごくありがたいのですが、
 やっぱり、主役は衣装ですし、その魅力を損なわないようにと考えています。」
 
 言い終えてから記者さんの反応をうかがうと、一瞬だけ意外そうな表情を浮かべた後、すぐに表情を変えて、なるほどと納得するようにうなずいていた。
 私の答えが少し以外だったようだけれど、見当違いの答えではなかったようで安心した。
 その後は、こんな考え込むような質問もなくインタビューは終了した。
 
 インタビューが終わってほっと一息ついたところで、記者さんが私に話しかけてきた。
「高垣さん、本日はありがとうございました。」
「こちらこそ、ありがとうございました。もっとスムーズにお答えできればよかったんですけど。余分なお時間をとらせてしまって、すいません。」
「お気になさらないでください。それだけ真剣に答えていただいたと思っていますから。あと、これは私の興味なんですが、一つ質問させていただいてもいいですか。」
 
 記者さんはインタビューとは関係ないと言っていたが、表情はインタビュー時と同様に真剣なものだったので、少し身構えてしまった。しかし、断る理由も特になかったので、質問を受けることにした。
「ええ、私に答えられることでしたら。」
 
「ありがとうございます。お聞きしたかったのは、インタビューでお答えいただいた、高垣さんが撮影時に心がけていることについてです。」
 質問内容を聞いて、インタビュー時の記者さんの表情の変化を思い出した。インタビュー後もこうやって質問してくるということは、私の回答がよほど意外だったのだろう。私が先を促すと記者さんが質問を続けた。
 
「インタビューの時も言いましたが、高垣さんからは神秘的な印象を受けていましたし、
 衣装に着られているという印象はありませんでした。ですから、高垣さんは自分を前に出す方だと思っていました。けれど、高垣さん自身は衣装が主役だから自分が前に出ないようにしていると答えられたので驚きました。」
 
 記者さんの話を聞いて、あの時の表情の意味がようやく理解できた。
 女性としては身長も高く、オッドアイという特徴もあるためか、以前から特別視されることがあった。
 だからこの人も、高垣楓の幻想と実際の私の違いに落胆したのだろうと思った。私がそんなことを考えている間に、記者さんの話は続いていた。
 
「私は、トップモデルと呼ばれる人たちにも話を聞いたことがあります。人によって言葉は違いましたが、自分自身が輝くことで衣装を照らす、つまりは自分を前面に押し出すと言っていました。だから、同じ衣装でも着る人によって印象が変わるのだと思っています。考え込んでからお答えになりましたけ、本当は別のことをお考えだったのではありませんか?」
 流石にトップモデルと同レベルと思われているとは考えていなかったので少し焦ってしまったが、私は特別ではない平凡な人間だと伝えるいい機会だと思った。
 
「そんなことはありません。確かに何度か表紙を飾らせてもらったことはありますけど、私はトップモデルの方たちとは違います。私にいい印象を持たれたのは衣装や、カメラマンさんの腕がよかったからだと思います。ほら、馬子にも衣装って言いますし。」
 
 評価していただけるのはうれしいけれど、実際の私は、笑顔すらうまくできない。私が魅力的に見えるのであれば、それは周りの力がすごいのだと、本当にそう思っている。
 私の答えに納得したのか記者さんは、それ以上の追及はしてこなかった。
 
「そうですか。いや、こんなことを聞いてしまって申し訳ない。今日は本当にありがとうございました。また、機会がありましたら、よろしくお願いしますね。」
 と言って、記者さんは帰り支度を始めた。
 
 そして去り際に
「高垣さん、あなたの言う通り、誰でも衣装やカメラマン腕である程度までなら魅力的に見えるものです。ですが、それはあくまである程度です。あなたがどのような自己評価をしているのかは分かりませんが、あなたには他とは違う、確かな魅力があると思いますよ。」
 そう言い残して去っていった。
 
 今日の予定はインタビューだけだったが、なんとなくすぐ帰る気になれなかったので、事務所内の喫茶店で、今日のインタビューのことを思い返していた。
 
 記者さんは、私に魅力があると言ってくれたが、表情一つうまく作れない私にいったいどんな魅力があるのかわからない。
 特に目標もなく、なんとなく初めたモデルの仕事。無表情のほうが良いと言われて、無理に表情を作ることをしなくなった。それが悪いことだとは思わないが、いいことだとも思えなかった。
 
 そういえば、モデルをはじめた当初から無表情のほうが雰囲気がいいと言われていたのに、なぜあの時は無理に表情を作ろうとしていたのだろうか。
 モデルになったことをきっかけに、自分を変えようとしていたのかもしれない。2年近くも前のことなので、もう思い出すことはできないけれど、きっとそこには私の、高垣楓の意思があったのだと思う。
 もし、あのまま努力を続けていれば、私自身の魅力にたどり着けたのだろうかと、ぼんやりとそんなことを考えていた。
 すると近くの席の会話が聞こえてきた。
 なんでも、うちの事務所に新しくアイドル専門の部署ができ、まずは事務所内のタレントやモデルをアイドルデビューさせるらしい。
 
 普段であれば気にも留めなかっただろうが、モデルになった当初のことを考えていたからか、新設されるというアイドル部署のこと少し気になった。
 
 喫茶店を出て、事務所内を歩いていると掲示板に、先ほどの聞こえた会話で気になっていたからか、新設されるアイドル部署のオーディション告知ポスターに目が留まった。
「新たな自分に会いに行こう 世界が輝く魔法を、あなたに」
 
 そのキャッチフレーズを見た瞬間、風が吹いた気がした。冬の冷たい風ではなく、春の到来を知らせるような、あたたかい風だった。
 
 ポスターによると、アイドル部署はこの建屋にあるらしい。そして、部署の扉の前までやってきて、ふと我に返り、今何をしようとしたか考えた。
 
 アイドルになるために、オーディションの受けに行くつもりだったのだろうか。今までアイドルになろう思ったことなどなかったというのに。
 
 けど、予感があった。さっき感じたあたたかい風は、私を新しい場所へ運んでくれると。
 
 勘違いかもしれない、もしアイドルになれたとしても何も変わらないかもしれない。
 
 この扉を開けた先には何が待っているのかわからない、今はただこのときめきを信じてみようと思った。
 
 その思いが消えないうちに、扉のノブにかけた手に、力をこめる。
 
 この先につながっている、未来を信じて。
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