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 リレーの選手には選ばれるか選ばれないかくらい、学年で上から10番目くらいの足の速さ。ちょっと得意なマラソンも10番が多かった。球技とかに運動神経を要求されるものは人並みで、すごくできるわけじゃない。
 声は大きいけどキレイに歌えるわけじゃないし、楽器ができるわけじゃない。絵も普通。勉強は――どれよりも、ダメかもしれない。
 誰にだってトクベツな何かがあるっていうんなら、きっと裕子にだってそれはあるはず。だけどどこまでも裕子はちょっと運動が得意な美少女というだけだった。小学5年生の、ある日までは。
 
「のぉのぉ、昨日テレビでやっとった、超能力の番組見た?」
 
 給食の時間、配られたスプーンをかっこつけながら構えた星野くんが皆に聞いた。見てなーい、と答えると、これこうやって、念じるとスプーンが曲がんのやって、と彼は続け、もっともらしくむむむーん、とスプーンに手をかざした。
 びくともしないスプーンに裕子や周りの子が笑い出すと、皆やってみ、とむっとした彼は言った。思い思いに念じ始める子たちを何やっとんや、と裕子はぼんやり傍観していた。ユッコちゃんもやろ、と隣のよっちゃんに言われて両手でスプーンを握って、強く、曲がれ! と念じてみた。
 
「あっ」
「堀、すげえ」
 
 手も触れていないのにぐんにゃりとまるで粘土みたいにスプーンが曲がった。向かいに座っていた星野くんが慌てて立ち上がって裕子を指差して叫んだ。
 
「エスパーや!」
 
 エスパー。
 それをきっかけに裕子の周りには隣のクラスからも人が集まって、しばらくその波は引かなかった。ただ、なんどせがまれて試してみてももうスプーンは曲がらなかった。だから次の日にはみんなそんなことは忘れて、裕子の周りに集まることもなかった。
 あれはたまたまなのか、それとも練習すればもっとできるようになるのか。考えてもわからないことはとりあえず図書室に行って聞いてみるしかない。
 毎回できるようになったら、もしかして。
 
「超能力の本? ははは、堀はおもっしぇー子やの」
 
 図書室では先生に笑われてしまい、ちょっと恥ずかしかった。けれど先生は、『先生の子供の頃にも超能力って流行ったんよ』となつかしそうに言いながら書庫を探してくれて、だいぶ古い本を一冊見つけてくれた。とりあえず借りて一目散に帰って遊びに行くのもやめて裕子はその本を開いた。一体いつの本かも分からない、ちょっと黄ばんだ拍子には怪しいマークがいくつも描かれている。
 
「テレポート、サイコキネシス、パイロキネシス、テレパス、クレヤボヤンス……」
 
 聞いたこともない、奇妙なひびきのカタカナがふわふわ踊って裕子を誘い込む。怪しいけれど吸い寄せられる。
 
「こういった特別な能力がある人を、サイキッカーと呼びます」
 
 エスパーに、サイキッカー!
 何か『特別』が欲しかった裕子にはその古い本が宝物に見えた。
 返却期限ぎりぎりまで何度もその本を読み返して、借りては返しを繰り返して大事そうなところはすべて書き写した。そのうちに根負けした先生が、
 
「もうだいぶ古いし、捨てる予定やったんよ」
 
 とこっそり裕子にその本をくれた。捨ててあったんを拾ったことにしとき、と言い含められた。
 本に書いてあることで一番裕子の興味を引いたのは、『超能力開発』のページだった。スプーン曲げだけじゃなく、その能力を伸ばすための特訓方法があれこれ書かれていて、その中にESPカードも載っていた。要は神経衰弱みたいなものかな、と裕子は勝手に解釈して、しばらくトランプでやっていた。けれど相変わらずスプーンは曲がらないし、ものは動かないし心は読めない。
 やっぱりちゃんとした訓練用のカードじゃないといけないんや、と考えて必死に探したけれど百貨店のおもちゃ売り場にもイオンにもESPカードは売ってなかった。仕方がないので結局裕子は自分で作って、それで特訓をするようになった。
 確かにこんなものを売り出して街中サイキッカーだらけになっちゃったら困るだろう。なによりも裕子が困る。皆ができるようになってしまったらこれは裕子のトクベツじゃなくなってしまう。
 リレーだってなんだって、最初は裕子だってかなりできるのにあとから抜かれてそこそこの位置に収まってしまう。エスパーはトクベツ。裕子だけのトクベツだ。誰にも譲らない。寝る前には必ずカードを触るようになった。
 お守りみたいにスプーンを持ち歩いて色んな場所で試した。校庭の隅っこ、飼育小屋の中、放課後の教室、通学路、お寺、神社、遠足で行った大きな芝生の公園や原子力発電所。特訓の成果なのかたまーに成功するけど、大体失敗。
 修学旅行でもやった。中学に入っても延々とスプーンを持ち歩いていて、ある日すっかり日課となったESPカードの実験をしながら裕子は真剣に考えた。
 これはまずい。いくら神様に選ばれたといっても、このチカラがちゃんと開花しないと全然トクベツになれない。
 
「修行の仕方が間違ってるんかな」
 
 ぺらり。今日はいつもより当てられないことにも軽く悩みながらまたカードをめくる。古本屋や大きい図書館で探しても裕子の分かる範囲の超能力の本には修行法までは載っていなかった。そもそも、世間に追われるほどのひとたちが本なんか出さない気もする。
 そもそも、本当に力があって迫害されるべき存在なら裕子にも組織の追手みたいなのが来るはず。しかし小学校を卒業しても中学校の卒業が近づいていてもそんなものは来ていない。
 
「……もしかして、田舎に住んどると気づかれんのかも?」
 
 最初は皆面白い面白いと構ってくれるけれど、裕子が本気だとわかると鼻で笑う。サイキックなんてあるわけないやろ。ユッコちゃん変わっとるなあ。誰も本気で信じてはくれなかった。誰も、裕子自身以外の誰もが超能力なんて本気であると思っていなかった。
 きっと、環境が悪い。もっと人が大勢いて、サイキッカーも多そうなところがあれば。でもそんなところに行ってもサイキッカーだって分かってもらえなかったら? 
 どうにかして誰かに、サイキッカーがここにいるって分かってもらう方法が必要なんだ。数ヶ月ウンウン考えていて、やっとそんな答えがでた。裕子は高校生になっていた。
 そのまま眠って、なんだか不思議な夢を見た。眩しい色とりどりの光と、たくさんのひと。皆裕子を見ていた。
 友達が読んでいた雑誌にアイドル事務所のオーディション案内が載っていたのは、ちょうどその次の日だった。
 
「これやー!」
 
 めったに雑誌なんて買わない裕子がその日は本屋に寄ってその雑誌を大事に抱きかかえて帰った。まるで、小学校のときに古い本を借りたときみたいに。靴を脱ぐのももどかしく散らかしたまま玄関でそのページを開く。東京の、ちょっと大きな芸能事務所。
 
「履歴書、アピールポイント、証明写真……」
 
 最初に書類審査があって、それが通れば東京で面接。合格者数は若干名。若干名って結局何人やろ、と裕子は首をかしげた。
 学校でも家でも、裕子は可愛い顔だと言われ続けてきたし、自分でも美少女だと思う。それでも学年で1番とかじゃなくて、何となく5番目とかそれくらいの可愛さかなあとも分かっている。あれこれ中途半端な自分に、超能力と顔とスタイルだけは神様がきっとおまけしてくれたのだろう。
 この顔ならアイドルだってなれるかもしれない。アイドルになって有名になって、なんかすごいサイキッカーに見つけてもらって弟子になって本物(今だって本物のサイキッカーだけど)になったら、史上初の美少女アイドルサイキッカーが誕生する。昨日の夢みたいに、キラキラしたところに立って、注目を浴びる。
 そしたら、今まで笑って信じなかった子たちだって絶対ユッコのパワーを認めてくれる。
 これや、この作戦しかない。
 散らかした靴を履き直して、すぐに履歴書を買いに行った。当然アピールポイントには大きくサイキッカーと書いた。封筒に入れて投函して、それからは毎日面接のシミュレーション。
 オーディションでできなくったって裕子の能力は本物なのだから、とにかく信じてもらえるような言い回しを考えなければならなかった。調子が良ければ曲がるかもしれないけれど、人前で曲げたのは小学生の時だけ。信用に足る成績じゃない。
 ここにサイキッカーがいるよ、って示してあげなきゃ。
 ポストを覗いては事務所から手紙が来ていないことを確認し、マジックを練習して標準語の音読をしてぼろぼろになったESPカードを触る。裕子の生活にそんなルーティンが加わった。
 1ヶ月経ったころ、裕子の携帯に知らない番号から電話がかかってきた。不審に思って番号をよく見る。何やこれ、見たことない市外局番、03――まで読んで慌てて出た。03は、東京だ!
 
「来月の、1日、分かりました」
 
 ――受かった。裕子は書類審査で落ちてるから連絡が来ないんじゃないかと思っていて、実際その通りだったらしいのだけれど一人辞退者が出たから繰り上がった、と電話の向こうの優しそうな声のお姉さんは言った。
 オーディション。ということは。
 
「東京、行くんだ」
 
 じわじわと嬉しさがやってきて、まだオーディションを受ける権利を得ただけなのにもうアイドルになれる気マンマンで裕子は飛び跳ねた。
 そういえば親に何も言ってない。すぐ言わないと、あっという間に当日になっちゃう。台所にぱたぱたと急いで、まずは母に話さなければならなかった。
 
「お母さん、私、東京行ってアイドルになる!」
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