top of page
 ふわふわ、ふわふわ。
 私にとって“その子たち”を眺めるのはきっと、自分の家の、自分の部屋で出来るお散歩なのだと思います。
 ぽかぽかお昼に散歩して、元気なお日さまを見上げるような。
 或いは、しんとした夜の散歩で、綺麗なお月さまを見上げるような。
 歌だったり、踊りだったり、煌びやかさであったり。
 ラジオから聞こえる声であったり、テレビで見る動きだったり、雑誌の中でみる写真だったり。
 きっと彼女たちにはなにか得意な事があって。
 伝えたいことや、見せたい自分があって、その場所に立っているのでしょう。
 “アイドル”と呼ばれる子たちは、もしくはそれを志す子たちであっても、私にはとても輝いて見えます。
 
 ふわふわ、ふわふわ。
 私には手の届かない高い空の上にただよって、ありのままに、精一杯に、自由に自分自身を表現し、人に届けて、人を笑顔にする、そんな存在。
 憧れを全く抱いていないと言えば、それは嘘になるでしょう。
 ちっぽけでも、届けたい願いが私の中にないと言えば、それは嘘になるでしょう。
 誰にでも、優しくありたいと、そんな憧れは。
 誰にでも、優しさに包まれて欲しいと、そんな願いは。
 あまりにも遠くて、ふわふわしていて、ただ漠然とお散歩をしているだけで届くものではありません。
 でも、走るのは得意ではなくて。走っても、届く自信はなくて。
 
 ふわふわ、ふわふわ。
 私には、あのアイドルたちのように雲の上で、多くの人の顔を見て、多くの人を優しい気持ちに出来るほどの才能が、あるとは思えません。
 だから私は、散歩をする。
 すれ違った人に、笑顔で挨拶をして、少しでも優しい気持ちになってもらおうと、そんなささやかな思いを抱きます。
 多くの人は見えなくても、すれ違うひとりひとりを、もしかしたら、それよりはちょっと多い人たちを、ほんの一言の挨拶で、ほんの一瞬でも笑顔に出来たなら。
 それはきっと、私の憧れや願いを、ほんの少しだけでも届けられるから。
 彼女たちのように、お日さまやお月さまみたく。ただようことの出来ない私にとって、地に足をつけて歩む私にとって、憧れや願いに少しでも近づける、小さなこと。
 
 さくさく、さくさく。
 一歩、一歩。私は、ふわふわと、飛ぶようにただよえないから。
 足を踏み出して、地面を踏み締めて。
 道路のコンクリートの硬さを、公園の砂粒の柔らかさを。少しずつ進む感覚を靴越しに足に感じながら、私は今日もいつもの公園でお散歩をする。
 出会った人に、ワンちゃんに、ねこさんに。少しでも優しい気持ちになって欲しくて、挨拶をする。
 誰にでも、ではなくても。ここを好きな、人たちに、仲間たちに、笑顔になって欲しくて。
 今日もいい天気で、色んな人に挨拶をして、その笑顔を見て。
 とっても晴れやかな、爽やかな気持ちになれる。
 
「あっ」
 
 そしてまた、誰かと目が合う。
 ふわふわ、ふわふわ。
 
「どうも、こんにちは。お散歩中ですか?」
 
 声をかける。挨拶をする。他の人たちと同じように。
 ふわふわ、ふわふわ。
 でもどうしてだか、少しだけ、ただよえるような。優しくしたい人たちを、笑顔にしたい人たちを、雲の上から眺めているような。
 何故でしょう。今日は。今は。この瞬間は、そんな気持ちになっていました。
 
bottom of page